塾に遅刻する子、サボる子

Fourth-graders attending class
Creative Commons License photo credit: Stijn Debrouwere

研鑽の一環として、多くの教師や塾経営者のメールマガジンを購読しています。いろいろと工夫をされていたり、いろいろなご苦労を読むと本当に勉強になります。

さて、ある個人塾の先生のメールマガジンで、ここ数年、生徒の様子が変わってきたというのがありました。

あいさつはしないし、遅刻を平気でしてくる、授業中でも“休み時間のように”大騒ぎする、休み時間になるとコンビニに出て行き授業が始まるのも気にせず食べ始める、、、

これが事実なら、本当に大変なことです。
そして、この先生はこの原因を「ゆとり教育と平成不況」「競争がない、叱らない、自由放任」にあると見ておられます。
これだけでは、言葉の羅列だけなので、正確な意味は分かりませんが、私はこうした立場はとりません。
「なぜ、子どもたちが平気で遅刻するのか」「なぜ、授業中大騒ぎするのか」「なぜ、休み時間に教室から抜け出すのか」「なぜ、帰ってきて授業に入れないのか」を、外部に原因を見いだすのではなく、内部つまり塾=自分に原因を見いださないと根本的に解決しないと考えるからです。
私は、学生時代に塾講師をはじめてもうかれこれ20年以上やっております。ここ10年くらいは、遅刻や無断欠席しても、怒ることをあまりしなくなりました。なぜなら、子どもたちが塾で勉強することに意味を見いだし、授業を受けて自分の役に立つと思えば、遅刻や無断欠席などしないんです。「この先生の授業を聞き逃したら、もったいない!」と思わせる授業をすれば、よっぽど出ない限り休みません。むしろ、こちらが「体調大丈夫? 休んだ方がいいんじゃない?」と言わなければならなくなります。
つまり、塾側が子どもたちに本当にいいものを提供していれば、子どもたちは注意しなくても進んで塾に来るようになるのです。
はなまるゼミナールでは、1コマ55分という短い時間で区切りおこなっています。他塾から移ってきた小学生などは、この55分という時間がとても短く感じるらしく、いつも「ええ~、もう終わりなん! もうちょっとやろうよ」って言ってくれます。もちろん、塾の初めての子にとっては55分は学校の授業より長いはずですが、学校より短いと言ってくれます。
時間というのは不思議なもので、面白ければ早く過ぎるし、面白くなければひたすら長いんですね。
塾の授業が面白ければ、子どもたちはどんどん勉強してくれます、どんどん勉強すれば成績も良くなり気分もいい、するとますます勉強するようになるといういい循環が生まれます。
すると、塾に対する信頼が生まれ、帰属意識が芽生えてきます。いい塾には、熱心なファンになる生徒がいます。あいさつや礼儀なども、こうしたところから生まれてくるのではないでしょうか。もちろん、あいさつや礼儀を教えるということも大切ですが、塾やその塾の先生にそうしようと思う気持ちはもっと大切です。自分が、その塾の一員であることを誇れる子どもは、自然と塾やその先生に「あいさつや礼儀」が守っていけるのではないかと考えます。

子どもたちの学習姿勢や挨拶や礼儀などは、まさに塾や教師を表す「鏡」ではないかと思います。


俵口小学校で出される宿題

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Creative Commons License photo credit: hoyasmeg

 

最近、大阪では小学校ではほとんど宿題を出さないという学校も増えてきました。
しかし、学校で宿題が出されないと、塾に通っていない子どもの学習量は非常に少なくなります

原因の1つに、中学受験を控える子どもへの配慮があるのではないかと、私は思っております。
中受生を教えていたことがある経験からすると、小学4年生ですら、大量の宿題、しかもかなり難易度の高い問題をさせます。7時に塾が終わり、家に帰り、食事を取り、風呂に入り、10時から宿題を始めようものなら、完成するのに12時すぎることなど当たり前です。両親がつきっきりで、深夜遅くまで塾の宿題に奮闘するというのは、少なくとも私の塾では当たり前でした。そうなっていると、学校の宿題はできません。逆に言うと、中受用の塾の宿題を優先するために、学校の宿題はやらないという場合ももしかするとあるかもしれません。
10年以上前に、とある中学受験塾で、「学校の勉強などするな、塾の勉強しなさい」と言われたとニュースで問題になったことがあります。気持ちとしては、とてもよく分かります。塾としては、受験校合格のために、難度の高い膨大な問題を消化させなければならないわけですから。
そうした状況の中、小学校側が受験を控える小学生のために、宿題を減らす、あるいはなくすという処置をせざるえなくなる場合があるのではないかと思ったりします。

現在、俵口小学校に通う生徒を抱えておりますが,子どもたちに聞くと、小5から宿題が増えたと言います。なんでも、先生によると、中学校に上がったときに困らないようにと、宿題を多めに出しているというのです。
私は、これを聞いて、俵口小学校は立派な先生がいるいい学校だなあと感じました。
学校教育では、子どもたちの将来をつねに考えていく必要があります。あえていえば、塾は違います。

大阪でとある進学塾から進学校に進んだ生徒は、ほとんど落ちこぼれているという噂がまことしやかに流れていますが、私は長年大手塾で塾講師をやってきて、それはある程度正しいのではないかと思っています。なぜなら、本質的に考えさえる学習は時間と手間暇がかかります。手間がかかる割に、結果が出るのに時間がかかりますから、親御さんからの評価も受けにくいでしょう。しかし、そうではなくてエッセンスやテクニックを徹底的に詰め込めば、それなりに成績は上がり、親御さんや子どもたちは喜びます。じゃあ、それで、高校の勉強は大丈夫かというと、これまで塾の教師に“エッセンス”ばかり教えてもらっており、難解な高校の勉強を自分で考え、解決していく練習がされていないために、高校ではついていけなくなる可能性が高くなるのです。
しかし、学校教育は違います。子どもたちが中学校に入っても困らないように、社会に出ても困らないようにと、社会的なルールや学習方法などを教えるのが公教育というものではないでしょうか。当たり前なのですが、むずかしいところであると思います。
はなゼミは、俵口小学校の通学路沿いにあるので、小学生がたくさん通りますが、あいさつもしっかりできる立派な子どもがとても多いです。これも、俵口小の先生方の普段からの教育のたまものなのでしょう。子どもたちを見ていると、そう感じます。