涙腺が緩くなってきました。

el140095240_tp_v先日、友人と「年をとってきたせいか、涙腺が緩んできた」という話になりました。
私もずいぶんと涙腺が緩み、若い頃は何が楽しいのか分からなかったマラソン中継ですら、感動で涙することがしばしばあります。
ところで、はなまるゼミナールでは、年に3回(中3生は10回近く)面談をおこないますが、子どもたちとの面談でも、目が潤んでしまうことがあります。
はなゼミには、本当に学校生活がしづらい、勉強がしづらい生徒が多く通ってくれております。そして、そうした子どもたちは、本当に熱心に勉強しております。
がんばっているからこそ、自分の理解が深まっていることが実感できます。私から見ても、力がついてきたなあと心から思うことがしばしばあります。
しかし、それでもなかなかテストでは点数が上がらないことがあります。彼らの特性にテストという審査方法が合わないことも大きな原因だとおもいます。
そうした子どもたちと面談していますと、彼らの
「自分はがんばってきた。そして、その実感もある。しかし、思うように点数や偏差値が上がらない。悔しい。なんでやろ。。。」
という気持ちが痛いほど伝わってくるのです。
もちろん、点数が上がれば幸せになれるのか、偏差値が高いという学校に通うことが立派なことなのかというと、決してそうではありません。
しかし、そうは言っても、学校での成績が無視できるわけではありません。成績が悪ければ、居心地が悪くなりますし、自分を否定的にとらえたくもなることもあるでしょう。
彼らと面談していていつも言うのは、
「君の努力はよく分かっているし、力がついてきたというのも分かっている。そして、思うように点数が取れなくて悔しいだろうなあとも思う。でも、僕がもっとも素晴らしいなと思うのは、君に努力することが身についたこと。それが将来に必ず役に立つと思うよ。」
ということです。
こうした話をしながら、やはりつい涙腺が緩んできます。
しかし、努力は裏切らない。いつに日か、必ず花を咲かせる。これは事実だと思います。
悔しさもエネルギーに変えて、あきらめずに、そして明るく前を向いて歩いて欲しいと思っています。


夢を実現するために

以前、夢を実現するためには、努力しなければならない、そして努力するには我慢しないといけないという記事を書きました。

Playing young snow leopards定期テストが終わって、点数がふるわなかった生徒と話すと、よくこういうことを言う子がいます。

「がんばったのに」

がんばったのは、がんばったのでしょう。しかし、結果が出るようにがんばらないと、それは残念ながら、「がんばった」うちには入りません。2時間机の前に座っていても、教科書を眺めているだけでは、時間の無駄です。そんなことをするなら、10分でも教科書を音読した方がはるかに良いに決まっています。

さて、多くの子どもたちを教えていると、プロ野球の選手になる夢を持っている子どもやJリーガーになることが夢の子どもがおります。もちろん、夢を持つことは良いことですし、夢を叶えるためにがんばってもらいたいと思います。では、どの程度、「努力」すれば良いのでしょうか。

たとえば、2014年に、阪神タイガースに入団した新人選手は、6名いるようです。これは、1年に6名しか、タイガースの選手になれないということです。12球団になおすと、1年で7~80名ほどしか、プロ選手になれないことになります。

一方で、2014年の京都大学の入学者は、3024名おります。

子どもたちと話していると、「京大なんて、ムリやあ。どれほど勉強しないとあかんの~」なんて、彼らはいいます。しかし、プロ野球選手になることを思えば、40倍近くもなりやすいのです。同年の大阪大学入学者は、3434名いますので、京大か阪大のどちらかを目指すのであれば、プロ野球選手になるより80倍以上なりやすいと言えます。

京大や阪大が云々と言っているわけではありません。「入学するなんて、難しいだろう、ムリだろう」とつい思いがちな難関大学合格よりも、はるかに門戸が狭いのが、プロ選手の道だということを知ってもらいたいのです。

逆に言うと、もちろん単純には言えませんが、本当にプロのスポーツ選手を目指すのであれば、京大や阪大に合格するための努力よりも、100倍あるいはそれ以上の努力が必要だということです。そして、そうするためには、あらゆるものを我慢しないといけないでしょう。
夢を実現するためには、それ相応の努力(そして、そのために様々なことを切り捨てること)が必要だということです。そして、それは、「なりたい、なりたい」と言っているだけでは、やはり実現されません。

1学期も間もなく終わります。中間テストも期末テストも終わりました。
どれだけ努力できていなかったのか、どれだけ努力していたのか、自分の結果とがんばりを比べ、反省を活かして、夏休みの学習から2学期の学習、そして受験へとつなげて欲しいと思います。

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中3の志望校面談を終えて

UP Oblation第1回目の塾内模試を終え、その結果を元に、子どもたちと個人面談をおこないました。
まず、この模試の結果でうれしかったのは、それぞれにこの2年の間に、実力をつけてくれたということです。はなまるゼミナールでは、少人数クラス指導のため、はやければ小学4年で満席に、遅くても中1では満席になり、そのまま学年が上がっていきます。したがって、現中3生のほとんどは小6、あるいは中1から見ている子どもたちです。さらに、入塾試験で振り落とすことはありませんから、ありのままの学力で入塾してくれております。今回の模試の結果を見ると、彼らのこの2年間のがんばりが脳裏に浮かぶのです。

そして、次にうれしいことは、彼らが志望校を上げることを考えているということです。「○○高△△名合格!」と打ち出すような大手塾では、各教室責任者にノルマが与えられ、子どもたちを誘導するといった場面が、どこでもあると思います。

しかし、はなまるゼミナールでは、そういった「誘導」は一切おこないません。その中で、子どもたちが、自信をつけて志望校を上げてくるというのは大変うれしいことです。

以前の「秋からの特別講座」という記事で、特別講座について書きました。通常授業においては、1クラス10名以下の少人数でやっておりますが、さらに2つに分割した「特別講座」を開きます。そして、子どもたちと面談を終え、ますます「奈良・畝傍・郡山・平城・一条・奈良北」を目指す【新傾向・難問克服講座】、「生駒・登美ヶ丘・西ノ京」を目指す【必ず解きたい入試問題講座】の2講座を開くのが楽しみになってきました。
中学3年生は、志望校合格に向けて大いに努力してもらいたいですし、中1、2年生は、その姿から、いろいろと学んでもらいたいと思います。

 


志望校、将来を決めるために

Let's Fly!先日、中学2年生に「なぜ、高校に通うのか」というガイダンスをおこないました。

「みんなが行くから行く」という没主体的な姿勢ではなく、主体的に高校に通うことの目的意識を持って、あと1年半の勉強に励んで欲しいからです。

さて、このテーマでとても簡潔にまとめられているブログ記事があったので、紹介したいと思います。

志望校が定まらない高校2年生に「この1行」
Point1. どういう社会を創りたいかを考える。
Point2. 様々な年齢や立場の人とふれあって、お話を聞いてみましょう。
Point3. 生活を豊かにするチカラをつけるための受験勉強。

として、志望校を決めるための3つのポイントを上げておられます。

当然のことながら、私は、この第1のポイントがとても重要であると考えます。さらにいうなら、「自分は社会に役立つ」こととするんだということが大切であると思っております。

先に書いたガイダンスでは、子どもたちにリアルに感じてもらうために、仕事や収入という側面を中心に話をしました。しかし、「自分1人が金を稼いで裕福になればいい」というのはなく、社会の中で自分が位置づいて初めてやりがいや生きがいができてくるのではないかと思うのです。
また、みずからが社会の中で位置づいていくためには、多くの人々と話をして、「生の学習」をすることも大切であると思います。勉強は、何も教科書だけではありません。多くの「先輩」から、その経験を聞くことは、大変貴重な「学び」に他なりません。

そして、当然のことながら、自らの進むべき道を実現化していくためには、やはり「教科書」の勉強も必要になってきます。もちろん、この勉強は、絶対必要であるとは思いません。中学しか出ていなくても、社会に大きく貢献する人もおられます。しかし、だれもがそのようにできるということもまたないでしょう。そうであれば、勉強して、いろいろな知識や考え方を学び、応用できる力をつけることが「生きていく力」「世の中で貢献できる力」を養う近道になると思います。

5年後、10年後、社会に出て行く子どもたちに、一回りでも二回りでも、たくましく大きく育って欲しいと思っております。

photo by: Hamed Saber

夢を実現するには我慢し努力しなければならない

面白い記事を見つけました。
「漫画家になりたい孫」に困っている女性へ、岡田斗司夫さんがアドバイスをされているのです。
岡田さんは言います。
「おばあちゃん、「ナルナル詐欺」に騙されています」
なぜ、「漫画家になる」という夢がなぜ「詐欺」なのか。それは、

「漫画家になることを目標として設定し、やりたいことを我慢してそれに向けて、努力していない」

からだと断言します。
さらに、「親は子の「夢」の応援をしてはいけない、「目標」を応援すべき」とも言っておられます。
なるほどです。
長年、塾教師をやっていて、子どもたちと面談を繰り返しておりますと、「勉強がどうしても嫌いな子」や「努力するのが嫌いな子」に限って、安易な「夢」を語ります。
たとえば、女子であれば「美容師」「ネイルアーティスト」「パティシエ」などが多いです。もちろん、本当にやりたい仕事であれば良いのですが、彼女たちと話をしていると、本当になりたいというよりも、現実から「逃げ」てるなと感じることが多いのです。
岡田さんの言うように、それが本当に「なりたい、やりたい」目標であるならば、いろいろなことを我慢して努力する必要があるでしょう。しかし、我慢したり、努力したりもせずに、「○○になりたい!」だけでは、なれるはずもなく、「ナルナル詐欺」と言われても仕方ありません。
かつて、大リーグで活躍するイチロー選手が小学6年生だったときの作文を紹介しました。イチロー少年は、プロ野球選手という夢を叶えるために、友だちともほとんど遊ばず、年中、辛い練習を行うのです。これこそ、目標を実現するために、我慢し努力している姿と言えるでしょう。
もし、お子さまの「ナルナル詐欺」に悩まれている保護者の方がおられましたら、上記リンク先を参考にしていただき、

「そんなになりたいなら、やりたいことを我慢して、その実現に向けて努力しなさい! 応援してあげるから」

と背中を押してみてあげてはいかがでしょうか。
どれだけ真剣なのかが、分かるのではないかと思います。

photo by: epSos.de

四つ葉のクローバー

子どもの頃、家の近くの空き地や休耕田などで、四つ葉のクローバーをよくさがしました。

しかし、私の見つけ方が悪いのでしょう。なかなか見つけられず、たぶん一度も見つけられたことはないと思います。「見つかった!」という記憶がないからです。

ウィキペディアによると、「伝説によれば四つ葉のクローバーの小葉は、それぞれ希望・誠実・愛情・幸運を象徴」しているそうです。

なぜ、四つ葉のクローバーを思い出したのかと言いますと、5月19日と20日に、中学生の定期テスト対策をやっていたときに、女子が四つ葉のクローバーをくれたからです。

休憩時間に、庭でクローバーの群生の中を、一生懸命探してくれ、「見つけた!」と言って4つもプレゼントしてくれました。見つけられない者には1つも見当たらないのに、見つけられる人にはたくさん見つけることができるんですね。先のウィキペディアによると、四つ葉のクローバーの出現可能性は1/10000だそうですから、見つけられる人にはそれだけ「幸運の神」がついているのでしょう。

せっかく、生徒がくれたので、さっそく押し葉にして、充分乾燥した後、缶バッチへと加工しました。

彼女たち自身の四つ葉のクローバーも缶バッチにしてあげました。彼女たちに、四つ葉のクローバーの「希望・誠実・愛情・幸運」が宿るように祈るばかりです。


たとえ就活に失敗しても楽観的に生き抜こう

8日付けの読売新聞の記事に「就活失敗し自殺する若者急増…4年で2・5倍に」という記事が出ていました。

就職活動に失敗した10~20歳代の若者の自殺が150人にもなっているというのです。

たしかに、就職活動に失敗するということは大変落ち込むことだと思います。自分という存在が社会に認められていないような気分になります。当の本人でしか分からない辛さであるとはいえ、やはり辛いことです。

若い頃、就活に失敗した後輩から、その辛い気持ちを相談されたことがありました。「自分は、社会に必要がないのか、会社にとって自分という人間は無意味なのか」とかなり落ち込んでいました。しかし、私は、後輩にこう言ったのです。

「会社にとっては、その会社の現時点で欲しい人材を求めるのであって、君自身の能力の問題ではない。だから、落ち込む必要なんかない」

後輩は、自分の就活が失敗したことが自分の能力や人間性に問題があると悩んでいたのですが、考えを切り替えることができたようでした。翌年、無事に就職が決まりました。

もし、悩んでいる若い人がいるなら、私は「就職だけがすべてじゃない、それで君の能力が決まるわけではない」といいたいと思います。たしかに、友人などの就職が決まっていく中、自分が決まらなければ焦ってくると思います。そして、その焦りがやがて自己否定につながっていくこともあると思います。自分というのはこんなにもダメな存在だったのかと責めてしまうこともあるでしょう。

しかし、長い人生において、就職などはごく一部の側面にすぎないのです。さらにいうと、自分を落とした会社があなたを必要としなかっただけで、他にあなたを必要とする社会など本当はたくさんあるのです。本当にたくさんあるのか、それは今、あなたの目の前に見えていないだけで、やはりたくさんあります。

いわゆる一流といわれる企業だけが、働く場ではありませんし、もっというと、企業だけが活躍の場ではありません。さまざまな社会的集団がそれぞれの役割を果たす中で、この世の中が成り立っていることを考えると、あなたが役立たない社会などあり得ません。

たとえ就活に失敗しても、楽観的に生き抜こう。そうすれば、かならずあなたを必要とする社会に巡り会い、そこであなたは光り輝いていくはずです。


クリスマスのトップスター☆

今年も終わりに近づいております。そして、クリスマスがやってきます。

この時期になると、小学生は「サンタさんのプレゼント」を待ち望み、そして「サンタさんはいるのか」という話題で持ちきりになります。

そして、街には大きなクリスマスツリーが飾られたり、ご家庭でもクリスマスツリーが飾られるでしょう。私も子どもの頃、ツリーの飾り付けをするのが大好きでした。

さて、このクリスマスツリーのてっぺんの大きな星、これをトップスターというそうですが、この星は「東方にいた賢者をキリストが生まれた場所へ導いた星」を表しているそうです。

教育は、まさに子どもたちを導く「輝く大きな星」でないといけないと思います。教育を受けることにより、子どもたちの未来が輝き、希望で満ちていかなければなりません

はなまるゼミナールも、通ってくれている子どもたちを導く「輝く大きな星」であろうと思っております。ただ、1つの大きな星ではなく、子どもたちそれぞれを導く「たくさんの輝く星」を見せてあげたいと思っております。10人いれば、10人の頭上で輝く星、赤い色の星もあれば、黄色い星もあり、大きく輝く星もあれば、小さくても魅力的に輝く星もある。それぞれの子どもたちが「これが自分の星」なんだと思える星を見せてあげられれば、塾講師として本望です。


大切な「何か」を見つけるために

作者不明、出所不明で最近、ネットに出回っているちょっと考えさせる話を見つけました。

ある教授が「クイズをはじめよう!」と言って、大きな壺を取り出し教壇に置いた

その壺に、彼は一つ一つ岩を詰めた。壺がいっぱいになるまで岩を詰めて、彼は学生に聞いた。

「この壺は満杯か?」教室中の学生が「はい。」と答えた。
「本当に?」そう言いながら教授は、教壇の下からバケツいっぱいの砂利をとり出した。

そしてじゃりを壺の中に流し込み、壺を振りながら、岩と岩の間を砂利で埋めていく。
そしてもう一度聞いた。

「この壺は満杯か?」学生は答えられない。
一人の生徒が「多分違うだろう。」と答えた。

教授は「そうだ!」と笑い、今度は教壇の陰から砂の入ったバケツを取り出した。
それを岩と砂利の隙間に流し込んだ後、三度目の質問を投げかけた。

「この壺はこれでいっぱいになったか?」 学生は声を揃えて、「いや。」と答えた。

教授は水差しを取り出し、壺の縁までなみなみと注いだ
彼は学生に最後の質問を投げかける。

「僕が何を言いたいのかわかるだろうか?」

一人の学生が手を挙げた。

「どんなにスケジュールが厳しい時でも、最大限の努力をすれば、いつでも予定を詰め込む事は可能だということです。」

「それは違う!」と教授は言った。

「重要なポイントはそこにはないんだよ。この例が私達に示してくれる真実は、大きな岩を先に入れないかぎり、それが入る余地は、その後二度とないという事なんだ。」

君たちの人生にとって”大きな岩”とは何だろう、と教授は話し始める。

それは、仕事であったり、志であったり、愛する人であったり、 家庭であったり・自分の夢であったり…。
ここで言う”大きな岩”とは、君たちにとって一番大事なものだ。
それを最初に壺の中に入れなさい。さもないと、君達はそれを永遠に失う事になる。

もし君達が小さな砂利や砂や、つまり自分にとって重要性の低いものから自分の壺を満たしていけば、君達の人生は重要でない「何か」に満たされたものになるだろう。

そして大きな岩、つまり自分にとって一番大事なものに割く時間を失い、その結果それ自体失うだろう。

現代社会において、大人も子どもも、さまざまな情報に囲まれています。その雑多な情報に、振り回されることもたくさんあります。
しかし、自分にとって、他愛もない、さほど重要でないことに、心を奪われたり、時間をとられたりしていては、「重要な何か」が自分の中に入ってくる余地がなくなってしまうでしょう。
ところで、子どもたちにとって、「重要な何か」とかいったいなんでしょうか
勉強することは、重要なことの1つであるとは思いますが、それでも一概に「最も重要なことはこれだ!」とは言えないのではないでしょうか。ある意味、ふり返ってみてしか分からないことも多いと思います。しかし、「最も重要なこと」が見つかったときのために、あるいは見つけるために、他愛もないささいなことにあまり心を奪われない、時間をとられないよう意識することが大切なのかもしれません。


働くということ

Lady in red
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小学生の国語の授業で、詩を読みました。

リズムの良い詩を声を出して読むことの心地よさを、子どもたちにも感じてほしいために、わずか1回の授業でいくつもの詩を皆で音読します。

さて、教材の中に、サトウハチローさんの「働くようになってから」という詩があり、感銘を受けたので紹介させていただきます。

私は、高校生がアルバイトをすることには否定的です。年に何度かバイトをすることは社会勉強としていいと思いますが、基本的には高校生は勉強をはじめとして、その感性の豊かな時期にいろいろな経験を積んでほしいと思っています。仕事なんで、卒業後、イヤというほどできます。

さて、この詩には、働くことの喜びが表現されています。働くものだけが味わえる喜びです。世の中が、不景気になってくると、働く場所がなくなってきますが、子どもたちには今、しっかりと力を蓄えていってもらい、近い将来この働くものだけが味わえる喜びを感じてもらいたいと思います。

 

働くようになってから    サトウハチロー

蜜蜂の羽の音がきこえる
―働いてるんだな
はね橋があがる
―働いてるんだな
煙突から けむりが出ている
―働いてるんだな
荷車が通る
―働いてるんだな
自分で働くようになってから
働くものが目につく
働く音が耳にひびく
働くものが よくわかる
よくわかる

働くようになってから
時間がカラダに
ぐいぐいぐいと しみこむ
ことに夕方の風

灯び
匂い
人の足取り
そんなものから
はっきりと時間を
くみとることが うまくなった
これもえらい収穫だ

働いたお金で
何かを買う
買ったものを しみじみとみる
指の腹でなぜる なぜる
ほっぺたに押しあてる

働いて得た賃金をためる
ふえて行く数字をながめる
よろこびが