宿題は、少ないで。でもね、、、。

高校入試が終え、やっと塾の1年が終わった感じがします。
しかし、ありがたいことにお問い合わせのご連絡をいただき、次々に体験授業をさせていただいております。

先日、以前教えさせていただいた妹さん(Aさん)の体験授業がありました。
親御さんに連れられてきたAさんは緊張の面持ちでしたが、教室に入ると、友だちがいたようで、笑顔が漏れました。
しばらくすると、ある生徒がAさんにこんなことを尋ねていました。
「なんで、はなまるに来たん?」
「お兄ちゃんが通っててん。」
「そうなんや。」
「お兄ちゃんがね、はなまるは、宿題が少ないでって。」
「そうそう、少ないで。」
「でもね、宿題をやってたら、賢くなるって。○○塾は、むっちゃたくさん宿題があるけど、むっちゃしんどいけど、できるようにならへん。でも、はなまるは少なくて頭良くなるっていうねん。」

はなまるゼミナールでは、宿題の量はかなり少ないです。それは、短い時間でも良いので、きちんと考えて欲しいという思いから、少なくても良問をきっちりとこなしてもらうという方針からです。
子どもたちの話を聞きながら、こうした方針を分かっていてくれている、あるいは広まりつつあるのだと、本当に感謝の思いでいっぱいです。
社会に出て、社会に貢献できる人に成長してもらいたい、そのために「自分の頭で考え、行動できる」よう、これからも指導していきたいと思います。


ビシバシしごきません!

冬期講習会明けの模擬テストの結果を受けて、全生徒への面談が終わりました。
中3生では、もう受験間際ですが、ほとんどの生徒が自己ベストの偏差値を出してくれました。この時期であるにもかかわらず、中3生9名の内3名が偏差値70を越えてきました。彼らの努力が目に見えます。
こうした成果は、すべて子どもたちの努力にあります。
今日、小6生の面談で、ある女子が
「先生、私、算数が苦手なんです。できるようになりたいので、ビシバシしごいてください。」
と面談で訴えてきました。
私は
「いや、僕は、ビシバシしごきません。ガンバるのは君だし、君がガンバるなら、僕は、精一杯できる限り応援してしていくよ。」
と答えました。
はなゼミでは『させられる』勉強は、極力しないようにしております。「させられる」より「したい」勉強の方が楽しいですし、何より本当の力になると思うからです。
中3生は、これまでの努力を結果につないでもらいたいですし、後輩たちは、自らの希望や夢を叶えるため、努力してもらいたいと思っています。


論理的思考力をつけるということ

先日、林修先生の番組で、数学者の森重文先生がおっしゃっていた言葉がとても重くひびきました。
「経験が役に立たない不確かな時代には、論理しか役立つものがない」
日本の経済を見てみると、人口がどんどん減少し、30年後くらいには1億人を切ると言われています。これは、少子高齢化を示していますが、若い人が減り、年老いた人が増えるということは、消費が減るということを意味します。つまり、経済的には今後ますます厳しくなることを示唆していると言えると思います。
さらに、アメリカ合衆国では、「アメリカ第一主義」を掲げるトランプ大統領が指揮を執ります。日本だけでなく、世界に与える影響は大きいと言えるでしょう。
こうしたことを上げてみて、これからの世界は、ますます「不確かな時代」になっていくのではないでしょうか。安定し、先が読める時代であれば、「経験」が大きな意味を持つかもしれません。しかし、「不確か」であれば、先が読める「論理力」、自ら考え、想像していく力がますます重要になります。
はなまるゼミナールの授業では、極力「覚えなさい」という言葉は使わないようにしています。授業の中で、子どもたちとの対話の中で、子どもたちが「覚える重要性」「考える重要性」を判断してくれることが、彼らの本当の力になるのではないかと考えています。
経験だけに頼ることなく、論理的思考を身につけ、流されずたくましく生きていける大人に成長して欲しいと願っております。


はなまるゼミナールの入試実戦講座

はなまるゼミナールの入試対策授業は、きわめて実戦的な内容です。
演習問題が、入試問題からなるということは当たり前ですが、さらに「目標点を取るために捨てる問題を選ぶ」こと、「制限時間内に目標点を取る」ことなど、技術的な訓練もおこないます。
通常の授業においては、「質の高い」授業を心がけ、高校入試にしか通用しない「テクニック」は一切教えることはありませんが、入試演習は、志望校に絶対に合格するために、技術的な練習をおこなうのです。
それは、目先の受験に合格すれば良いという考えではなく、子どもたちには、徹底的に「生きる力」を身につけてもらうという目的からです。つまり、「王道の学問」を学ぶだけではなく、目標を達成するには相応の「技術力」を身につける必要があることを知ってもらいたいのです。
それが、はなまるゼミナールが目指す「学力を生きる力に」という内容の1つとなります。


塾で何を学ぶのか~~暗記の仕方ではなく思考力の育成(2)

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さて、もうひとつ、SNSで衝撃的なことを知りました。
それは、右の図1のような図において、斜線部分の面積を求める問題でのことです。この手の問題はよくある問題ですが、工夫をすることで、求めることができます。
ところが、中学受験の算数において、次のような「テクニック」を塾が教えているというのです。
「1辺の0.57倍が斜線部分の面積である」
つまり、1辺が10cmであれば、斜線部分は5.7cm^2とあっという間に答えが導き出されるのです。
しかし、私は、この「テクニック」にとても疑問を感じます。
まず、この問題は、図2のように分解し、おうぎ型の面積から、オレンジ色の直角二等辺三角形の面積を引いて求めるという工夫をして解くという問題であって、0.57倍などという暗記問題ではなありません。また、0.57倍などという数字に意味はなく、そんなことを覚えても無駄な知識でしかないのです。さらには、1辺の“長さ”を5.7倍して、“面積”を求めるということは、数学的には大きな問題ではないかと思います。少なくても、小学生の単位系を正しく定着させることにはなり得ません。
私たちは、何のために勉強しているのか、それは、大人になったときにぶち当たる問題を解決するためだと思っています。異性との付き合いにせよ、アルバイトにせよ、子育てにせよ、会社勤めにせよ、どんなことにおいてもマニュアルや例題を暗記して「解ける」ほど簡単な「問題」にはぶつかりません。やはり、自分の頭で考え、工夫をすべきなのです。
こんな「テクニック」を教えることで、子どもたちは「何を学ぶ」のでしょうか? 一見難しそうに見える問題でも、こうした「必殺技」が必ずあるということでしょうか? 有名塾に入れば、「必殺技」を教えてもらい、簡単に問題が解決できると言うことでしょうか。努力せずとも、簡単に問題解決できる道があるということでしょうか。
いずれにしても、子どもたちの「生きていける力」にはなりそうにはありません。

はなまるゼミナールでは、小手先の「テクニック」は教えません
時々、子どもたちの方から
「○○塾の友だちが、××というやり方が楽だと言ってたので、教えて欲しい」
といわれることがあります。
その××というのが、大切なテーマを含んでいれば、解説するのですが、ほとんどは小手先のテクニックなので、そういう場合は
「それは、暗記物みたいなことで、覚えても仕方ない。君たちは、もっと本質的なことを学び、中学、高校、大学、社会人になっても通用するような勉強をして欲しいので、教えません」
と答えます。
私は、子どもたちには、小手先のテクニックではなく、「生きていける力」になるような「見えない学力」を、はなまるゼミナールで身につけてもらいたいと思っております。


塾で何を学ぶのか~~暗記の仕方ではなく思考力の育成(1)

woman-1172718_640先日、中1で新しく入ってきた生徒に、塾での英語の勉強の基本を伝えました。それは
問題集などで分からない英単語が出てきたら、必ず意味と発音を調べてくること
ということです。
その意味は、いくつかあります。
まず、分からないことが出てきたときに、人に聞くのではなく自分で調べる癖をつけるということ。そして、辞書は単に調べるだけのものではなく読むものだという気づきを得てもらいたいこと、3つめに調べながらいつの間にかに単語を覚えてしまったいうようにしたいと言うことなどです。
そういう話をすると、ある生徒が、友だちの塾では英単語を5000回書かされたというんです。
そこで、その子に
「うちの塾では、英単語をいっぱい書いてこいなんて言わないけれど、どう?」
と尋ねると
「単語を調べるうちに、覚えてしまっていた。はじめは、単語を調べるのが大変やったけど、今は、そんなに時間がかからないから良い」
と言うのです。
何度も単語を調べるうちに、単語を覚えてしまうだけでなく、辞書を引くスピードも上がっているのです。
暗記について、最近、よく聞くのは、インプットとアウトプットの回数が大切ということです。確かに、時間をかけて単語を何百回、何千回と書くことは、短期記憶としてその場では覚えた感じにはなるかもしれません。しかし、数年続くような長期記憶にはなり得ません。そうであれば、何百回、何千回も書くことは、意味がない、無駄な努力ということになります。
むしろ、単語をその度その度に調べることの方が、インプットとアウトプットが増え、長期記憶に残ることになるのです。

ところで、塾業界では、大学入試改革が、とても話題になっております。戦後一貫してあった、いや戦前からあった「暗記偏重」型の入試問題から、教科を横断し「思考力」型の入試問題への変化です。
この新しい大学入試は現在の中学2年生が大学入試をむかえる時から徐々に導入されそうですが、すでに各都道府県の教育委員会では、高校入試をそれに合わせて「思考力」型に変えてきています。
つまり、暗記偏重型学習では高校の入試問題が解ける時代ではないのです。
とある塾の先生がSNSでこんなことをつぶやいておられました。
「中学校の定期テストが、もう定期テストというレベルを超えている。一般的なテスト対策でクリアできるほど、甘くはない。」
全くその通りだと思います。
「書け! 覚えろ!」
では、大学入試に通用しないだけではなく、高校入試も、そして中学校の定期テストですら、通用しないようになっているのです。
《続く》


なんのために、それをするの?

UP Oblationはなまるゼミナールでは、ライブの一斉授業がメインですが、一部、映像を使ってあらかじめ勉強してもらう教科があります。
映像授業を採用するメリットは、大きく2点あります。
第1に、授業時間の拡大です。つまり、いわゆる「ゆとり教育」が終わり、教科書内容が膨大に膨らみ、そのすべてを短時間のライブ授業で行うことが厳しくなってきました。なので、一部、映像で学習をしてもらい、学習時間を確保するという目的です。
第2に、自立的に学習する訓練です。教えられ、その通りにやっていれば、なんとなく高校や大学に行けて、社会で活躍できるという時代でなくなってきたため、自分で学習していくスタイルを、塾で身につけていくことがますます必要になってきたということです。
ところで、ときどき、
「先生、この間、出されていた映像の課題。自分は見ているでしょうか?」
と尋ねてくる生徒がおります。
私としては、こういう質問をしてくること自体、先に書いた2つの目的を達成できていないと感じます。
まず、第1に勉強のために「映像」を見るのであって、「映像」を見ることが目的ではないわけです。見た記憶が無いのであれば、それは勉強できていないということですから、その時点でもう一度自ら進んで映像授業を見て勉強するべきです。何度も学習できるのが、映像授業のメリットでもあります。
第2で言うと、第1とかぶりますが、見たかどうかを、私に聞くのではなく、自分がちゃんと課題を理解できているのかを自分で考え、もう1度見るのか、2度3度見るのか、自分の頭で考え、行動してもらいたいのです。
勉強、とりわけ「生きていくための学力」を身につけるということは、単に「指示されたこと」をやっておけばいいと言うことではなく、その都度その都度、自分で何が必要か、何が良いのか考え、行動していくことだと思います。
はなまるゼミナールでの出来事、会話は、すべて彼らの「生きる力に」なっていければ良いなと思っております。


学ぶから教える

old schoolはなまるゼミナールでは、塾を作った当初から「学力を生きる力に。」をテーマに学習塾として運営しております。
その中身として、「ひとつひとつ誰かに指示されないと動けない」言い方を変えると「口元にごはんを運んでもらわないと食べることができない」そんな子どもを作らないということが、1つしてあげられます。
塾が、実績を上げるために、手取り足取り、種々のテクニックを仕込み、成績を上げ、高校に合格させる。それは、確かに1つの方法でしょう。しかし、それでは、高校に合格することが目的となってしまい、その後の子どもたちの人生に責任を取らない考え方であると思っております。
厳しい言い方ですが、外から批判しているのではありません。長年、大手塾で指導してきた自分自身への反省としてあります。
はなまるゼミナールでは、「講師が教えるから子どもたちが学ぶ」というスタイルは極力排除します。ではなく、「子どもたちが学ぶから、講師が教える」というスタイルを大切にします。
学習の主人公、そして当たり前ですが、人生の主人公は、彼ら自身にあります。決して、塾講師が主人公ではありません。
子どもたちを主人公とし、塾、あるいは塾講師は彼らを支え、バックアップしながら、彼ら自身が自らの足で立ち、自らの頭で考え、自らの進むべき道を進んでいく力を身につけてもらいたいと考えます。
言われたとおりにすればいいというのは、確かに楽なことです。しかし、あえてはなまるゼミナールでは、自ら何をすべきか考えてほしいと思っております。

photo by: alamosbasement

明けましておめでとうございます。

New Year`s Morning明けましておめでとうございます。 はなまるゼミナールは、2011年に設立し、丸5年をむかえることができました。 これはひとえに、お子さまを預けてくださっている保護者の方々、そして地域の皆さまのおかげに他なりません。 狭い道の住宅街にポツリと建つ一軒家を改装し、塾としておりますが、毎年毎年、兄弟姉妹関係や友人、知人の方を紹介していただき、毎年、定員にほぼ近い状態になっております。したがいまして、本来使うべきチラシなどの宣伝広告費は、まったくかけることがなく、その分、様々な形で生徒に還元しております。 さて、2016年、はなまるゼミナールは5周年を迎え、6年目に突入します。この間、「学力を生きる力に。」をモットーに、生徒指導を行ってきました。しかし、まだまだ「生徒が主役の塾」と言えるには、ほど遠く、子どもたちの生きる力を伸ばしきっているとは言えないのが現状です。 しかし、5周年を迎えた今年、子どもたちが自主的・自立的に学習できるよう、一部の学年のおいて、指導形態をバージョンアップいたします。子どもたちの「意欲」を引き出し、自主的・自立的に学習できる指導へと発展いたします。 ご期待いただければ幸いです。

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塾と塾とのつながり

That’s The Connection私は、20才の時、はじめて塾の教壇に立ちました。恩師の誘いがあったからです。
学生自体、私はどうしても親からの経済的な自立がしたかったので、多くのアルバイトをしてきましたが、それでも塾講師がメインでした。
そのような生活の中で、結婚を契機に、恩師が作った塾に勤めることになりました。
その後、5年前に独立し、最初の1年半は自宅の1室で授業を行いました。ありがたいことに、口コミで広げていただき、1年目から満席でお断りする学年がありました。
保護者の皆さま、子どもたちに恵まれ、塾の運営も大きな問題にぶち当たることもなく進みました。そんな中、私の中で問題になったのは、個人塾であるという問題です。
もちろん、小さい塾には小さい塾の利点があります。子どもたち1人ひとりをしっかり見ることができます。保護者の方や子どもたちから相談を受けたとき、小回り良く動くことができます。教育業というのは、小規模塾という形態でないといけないのではないかというほど、大手塾にはできないことを多く実現できます。
しかし、小規模塾の欠点もあったのです。それは、情報が集まらないという点です。教育行政の動きや教務一般の情報、業界の動きなど、多種多様なことがあります。
そこで、積極的にセミナーや勉強会などに参加することにしました。そこでいろいろな情報を得たり、刺激を得たりとしてきました。
さらに、3年目からは、他塾の先生方との交流を積極的にしてきました。こうした先生方との交流も、何度も顔を合わせ、食事や酒席を繰り返すごとに、まるで「会社の同僚」であるかのように、いや実際にはそれ以上に、悩みを相談し合ったり、分からないことを聞きあったりする関係になってきました。
最近は、完全に「ライバル関係」にあるような、近所の塾の塾長先生とも交流させていただいております。地元中学の情報を、生徒から受け取ると共に、塾の先生からも伺えることは、生徒指導にも役に立つことです。競合ライバル塾という関係ではなく、同じ中学の生徒を抱えながら、情報を交換できるということは、「負の関係」ではなく、実はお互いに良い関係であると、つくづく思います。
今年で、大手塾から独立して5年目ですが、こうして多くの方々からいろいろなことをお教えいただき、塾運営のみならず、教務指導などのおいても、かなり変えてきております。
授業面だけでも、2014年には、映像を利用した欠席者への補習を始め、今年は理科と社会に反転授業を導入しました。とりわけ、中学3年生には、中3内容のみならず、中1・2内容も反転授業で復習ができるようにしたため、導入後2ヶ月しか経っておりませんが、入試に向けて大きな成果を上げるのではないかと期待を強めております。
2016年も、さらなる進化を予定しております。春には、5年ぶりに、チラシをポスティングする予定でおりますので、付近の皆さまにおかれましては、目を通していただければうれしく思います。

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