秋からの新オプション《2》~はなまる読解マラソン~

black & white Glasses & Book - exhausting read
Creative Commons License photo credit: photosteve101

これまで、はなまるゼミナールでは、音読・多読にこだわって、子どもたちの国語の指導をおこなってきました。その結果、ありがたいことに、「7月の学校の懇談会で読解力がついたと言われた」といわれる保護者の方が何人もおられました。

読解力は、国語だけの問題ではありません。算数や数学の文章題を解くには読解力が必要ですし、そもそも親の話や先生の話を理解するのも読解力です。つまり、読解力は子どもがこれから生きていく力そのものと言ってもけっして言い過ぎではないと思っております。

しかし、この読解力を付けるためには少々時間がかかるのも事実です。だから、少しづつ、粘り強く、コツコツと読解演習をしてもらうための《読解マラソン》を実施いたします。

特徴として、まず第1に、進級式にしております。基本は10級からスタートしていきます。早ければ、3~4ヶ月で進級できるようになっています。最終の1級では高校1年の現代国語レベルの文章読解になりますので、級を追うごとに読解力がかなりついていくと思っております。

第2に、無学年制で実施いたします。このことにより、生徒のレベルと、スピードに合わせて読解演習を行えます。私は方針として、受験学年でなければ、スピードはさほど重要でないと考えております。ゆっくりしか分が読めない生徒はゆっくり読んでもらって進めていけば良いし、読むのが早い生徒はどんどん読み進めば良いのではないかと考えます。

第3に、ひたすら多読します。たくさんの文章を読み、問題を解くことで、国語力を確実に付けていきます。さらに、さまざまな分野の文章を読むことで、子どもたちの経験値を高めます。本を読むことのすばらしさは、筆者の意見を自分に取り入れて、まるで自分がした“経験”のようになることであると思っています。そういう意味で、この読解マラソンを通じて、子どもの精神的成長を促していきたいと考えます。

第4に、さまざまな分野の文章を読むだけでなく、問題を通じて、漢字や熟語、ことわざや慣用句、文法事項などが自然と覚えていけるようにしています。だから、いやいや漢字を覚えるとかことわざが全く分からない、文法が解けないということをなくしていけます。

はなまる読解マラソン、自信を持ってお薦めします!

はなまるゼミナールの力を付けるオプション授業


秋からの新オプション《1》~はなまるサイエンスラボ~

Conservation Lab
Creative Commons License photo credit: brewbooks

 

はなまるゼミナールでは、実験や自然観察を通じて、自然科学や技術に対する興味、宇宙や自然への関心を育みたいと思っております。そこで、秋から《理科実験教室》として、はなまるサイエンスラボを開催いたします。

まず、1つの特徴として、中学・高校の理科に通じる《質の高さ》です。理科実験の楽しさをそのままに、少し踏み込んだ解説をおこないます。《なぜ》《どうして》という真理に迫り、限りなく応用・発展につながる授業をおこないます。

第2に、子どもの好奇心を促す本格的な教具を用いることで、レベルの高い《理科実験教室》を開催いたします。また、教具は1人に1つづつお渡しますので、家に持って帰って、再度確認したりできます。

はなまるサイエンスラボは、年に2期開催いたします。1期は5回からなり、すべて受講していただくことになります。

1,日時 10月~2月の土曜日(月に1回) 午前10時~11時

2,対象 小学5年生と6年生

3,授業料 月額3,000円(内部生割引があります)

4,注意 定員8名。また、実施内容が変更する場合があるかもしれませんが、ご了承いただきますようお願いいたします。

5,カリキュラム

10月 【電池の実験】:備長炭で電池を作ります。身近なものから電流が発生することを学びます。また、模型を使って、電池の直列つなぎと並列つなぎの実験をおこないます。

11月 【プラネタリウムをつくる】:星の動きと星座を学習した後、教具としてプラネタリウムを作成します。さらに、それを使って、星座や北極星を探します。

12月 【人体パズルを完成させよう】:立体の人体パズルを作りながら、人体各部、内臓の名前やはたらき、位置などを学んでいきます。

1月 【月の満ち欠けを調べよう】:月の動きと形の変化を学習した後、教具を使い、月の満ち欠けを体験していきます。

2月 【化石を堀だそう】:化石とは何かということを学びます。その後、本物の化石が埋まったキットを用いて、発掘の体験をし標本を作ります。

はなまるゼミナールの力を付けるオプション授業


学習の動機

Don't look until I'm done!
Creative Commons License photo credit: paintedparty

はなまるゼミナールでは、自主的・自律的に学習できる子どもに育てることを目標にしています。親や教師に言われたことをきちんとすることも大切なことですが、言われなくても、自分で考え、行動するようになることが、これから子どもたちが成長していく上で、とても大切だと考えるからです。

さて、人の学習の動機はどんなものでしょうか。

たとえば、子どもが赤ん坊だったらどうでしょう。この子が、ちょっとした瞬間に立ち上がったら、大喜びしたのではないでしょうか。そして、立ち上がることしかできなかった赤ん坊が、つたえ歩きやよちよち歩きをしたら、親は当然のこと、それを見ていた周りの大人は、みんな喜んでくれます。

赤ちゃんは、立ち上がって歩くことを喜んでくれる親に、安心と勇気を得て、さらに挑戦をします。

学習の動機は、まさに安心と喜びから始まるのだと思うのです。

我が身を思い浮かべても、そういうことはあると思います。中学生の頃、高校生の頃、勉強や部活に打ち込んでいた。怖い先生もいたかもしれません。練習が辛かったこともあるでしょう。受験勉強が苦しかったこともあると思います。しかし、その中に、“喜び”も必ずあったはずです。コーチに評価される、監督に認められる、成果が出るなどなど、かならずあるはずです。決して、苦しいだけ、しんどいだけ、辛いだけではなかったはずです。

もちろん、学習は、そんなに楽しいことばかりではありません。しかし、学習の中に“喜び”がなければ、学習の動機には決してならないでしょう。子どもの指導においては、子どもを認める言葉がけをおこない、子どもが“喜び”や“安心”を感じられるように心がけたいものです。


自省と研鑽

先の記事に書いたように、9月には心理カウンセラーの資格を取ろうと思っています。さらには、教育コーチングをもう一度学び直し、できればコーチングで指導するだけだなく、コーチングの指導者にもなれるようにがんばりたいと思っています。また、今の子ども、大人もそうですが、メンタルヘルスも大切な要素でないかと思っており、その研修も数年の内には受けたいと思っております。子どもたちに必要な技術をいろいろとものにして、可能な限りベストな指導ができればと思っているしだいです。

ところで、人を教える教師という仕事には、とうぜん研鑽が必要です。子どもたちに理解してもらうために、自分がまず研究していくという姿勢が大切です。そして、研鑽だけでなく、さらには自省もとても大切だと思っております。学校の先生にしても、塾の講師にしても、教室内においては、「唯一の権力者」です。「先生」を振りかざして、子どもに無理難題を押しつけることも可能です。さらに、恐ろしいことに教室の中の教師を誰も監視しておりません。多数の生徒を前にした教師が1人、いったい誰が、この教師の過ちをただすことができるのでしょうか。だからこそ、教師は常に自らを確認し、チェックするという「自省」という作業が必要だと思うのです。
この「自省と研鑽」という言葉は、尊敬する師の言葉です。
その師が、あるサイトにこうした言葉を載せています。

私は弊社の社員に常々言っていることがあります。それは「個人塾に対して敬意を持て」ということです。実は今でも私は、塾の理想は個人塾にあると信じています。オーナーシェフが営む隠れた名店のように、信念を持って「手づくりの教育」を実践する喜び…かつて弊社もそうであったように、そこには、たくさんのドラマがありました。塾経営はロマンそのものです。

「塾の理想は個人塾にあり」
というのです。もし、私が大手塾にいたときであれば、あまり関心はなかったでしょう。なぜなら、自分が所属する塾の決められたルールの中で、自分なりに工夫し、指導に当たっていくとが大切だからです。しかし、今はちがいます。私の理想や理念に触れて、保護者の方々が私の塾に問い合わせをしていただき、子どもを通わせてくれます。そして、そうした営みは、保護者の方やや子どもたちに伝わり、すぐに反応が返ってきます。
開塾して5ヶ月ほどで生徒数はまだまだ少ないですが、ありがたいことに通ってくれている生徒の7割方は紹介で来てくれております。私は、サイトでも書いておりますように、規模を大きくするつもりはまったくありません。しかし、ありがたいことに、何人かの親御さんに「高校生のクラスも作ってもらって、自分の子を大学入試まで面倒を見てもらいたい」と言っていただいております。機会があれば、あまり大きくならない程度に高校生の指導ももいいかなと思ったりもしています。
しかし、こうしたありがたいお言葉をいただいている最中でも、いやそういう時だからこそ、いっそう、自省しなければならないと思っております。
たくさんの生徒が通い出してくると、周りが見えなくなってきて、どうしても自己中心的になり、横柄になりがちです。しかし、つねに初心に返り、我が身を省みていかなければならないと思うばかりです。規模が大きければ大きいほど、謙虚に自省するという姿勢が大切だろうと最近強く思っております。

最後に、「自省と研鑽」の気持ちをわすれず、子どもたちの指導をさらに発展させ、よりよい授業を提供していきたいと考えております。


ものづくり教室~~色彩陶芸2日目《着彩》

子どもたちの作品を釜から無事に取り出すことができました。割れや破損などがないかなかり不安だったのですが、2人のプロの女性ががんばってくれたおかげで、問題なく色を付ける工程へと移ることができました。

造形の作業でも子どもたちの可能性の奥深さについて、スタッフ全員で感動していたのですが、色つけもまったく同じです。

けっして、「子どもたち」というマスではとらえることができない、やはり1人ひとりの子どもの個性が浮き彫りになっています。

さらに、小学4年生の作品と5年生の作品にはとても大きな違いがある子とも実感いたしました。4年生のものはとても素朴で自由な感じがある一方で、5年生以上になると作品に目的性がでてきて、意識的な作品になってくるようです。

また、中1くらいになると、ぐっと大人っぽい作品になります。

子どもたちひとりひとりの個性も大切ですが、1年1年の子どもの成長ということも大いに感じました。

また、今回の教室を通して、色づけのおもしろさを感じてもらえたのではないかと思っております。色を重ねること、色を混ぜて新たな色を作ること、それを組み合わせて塗っていくこと、、、作業を通じて、いろいろと感じてくれていれば、とてもありがたいです。

また、来年も陶芸教室ができればいいなと思っております。ただ、私の個人的な思惑としては、来年は陶芸とともに、銀細工でアクセサリーづくりをしたいということ、今年の10月か11月くらいに、野焼きで土器を作り、古代人の生活の一端を感じるという企画をしたいと思っています。さて実現できるかどうか。あまり期待せずにお待ちいただければと思います。

※もちろん、ぜひやってほしいという要望があれば、かなり前向きに企画が進むと思いますので、ご意見をいただければ、うれしいです!


教師も研鑽が必要なのです

Step Up!
Creative Commons License photo credit: TheNewBreed83


この夏休み、たくさんの子どもたちに講習会を受講してもらい、ともに勉強することができました。いや、勉強だけではありません。「ものづくり教室」と銘打って、色彩陶芸やスライム時計を作れたことも、とても良かったと思います。
さて、勉強というと、つい子どもたちの勉強を思い浮かべますが、実は、教師も勉強しなければなりません。どのように教えれば、より理解を深めてくれるのか、やる気を引き出すにはどうすれば良いのかなど、工夫したり、その方法を学んだりする必要があります。
子どもたちを教える上で、今、私は、スクールコーチング協会(辻本加平理事長)A級ライセンスをもっております。しかし、近い将来、もう一度コーチングの研修を受け、さらに子どもたちへのコーチングスキルを高めたいと思っております。
この一環として、9月中に心理カウンセリング2級の取得に挑戦します。
これまでは、私の経験上から、子どもたちの心の中を想像し、子どもたちとのやりとりをしてきましたが、経験という不確実な要素をさらに確実に近づけるために、研修を受け、資格を受けたいと思います。このことによりいっそう子どもたちによい指導をしていければと思っております。
つきましては、一部の学年において、時間の変更をしてもらうことが出てくると思います。大変もう訳ありませんが、ご了承いただきたいと思います。


国語力を付ける

Reading
Creative Commons License photo credit: reverses

 

 

この春から、大阪府立大学に通っている教え子がいます。彼は、私が以前勤めていた塾を辞めるというので、食事会を開いてくれたメンバーの1人なのですが、彼が中学生の頃をとても良く覚えています。

中学1年生の頃から塾に通い始めてくれた、勉強も良くできる子でした。塾内テストをしても、常に上位にいるような子どもだったのです。だから、よく覚えているわけではありません。

その彼が、中学3年になり、いよいよ受験だということで猛勉強しはじめ、メキメキと力がついてきて、塾内テストの偏差値もつねに70近くまで上がってきたのですが、国語だけがどういうことが他教科に比べ10ポイントほど低いんです。彼は、読書も良くする子どもで母親もとても心配しておりました。

夏期講習会が終わり、最終日に模試をおこなったのですが、やはり国語だけがとても低いので、母親と本人と相談した上で、受験生用の国語の問題集を1冊渡し、仕上げてもらったところ、数ヶ月後の11月の模試ではあれほど伸び悩んでいた国語の偏差値が70近くまで上がったのです。

こういうことはとてもよくあることです。いったいどういうことでしょうか。

国語の成績を上げるためによく「本を読みなさい」といわれることがあります。もちろん、読書はとても大切なのですが、私の経験上、読書をして国語の成績が上がるなどということはほとんどありません。なぜかというと、ちゃんと理由があります。

まず、本を読むのが好きな子どもでも国語の成績が悪いということがままあるのですが、国語の問題を解くためには、

筆者の意見や考えと自分の思いや気持ちを分けることがとても大切

なのです。読書が好きなのに国語の成績が悪いという子どものほとんどが、こうした「主観と客観」の区別ができず、問題を正しく解くことができません。こうした力が、読解力なのです。

したがって、国語教育をおこなっていく上で、私は「主観と客観」を区別するということがとても大切と思っております。そして、「主観と客観」が区別できてくると、親や教師との会話、他人とのコミュニケーションがとてもうまくいくようになります。なぜなら、自分の気持ちと、相手の気持ちや考えを分けることができるようになるからです。

国語力を付ける第2の課題として、良問をたくさん解くことです。これは、先に書いた「主観と客観」を分ける訓練であるというだけでなく、国語力自体を伸ばすという作用があります。

というのは、日本に生まれ、育っていれば、特に習わなくても、一定程度読めたり書けたりしていきます。これは、英語などの他言語を学ぶこととは違います。母国語でなければ、じっくり学習する必要がありますが、母国語であればじっくり学習しなくても一定程度は読めるわけですから、じっくり学習する必要性はあまりありません。むしろ、一定程度理解できるのであれば、たくさんの文章を読み、国語力を鍛えていくことが早道なのです。

さらに、良問を解くというのは、次のような意味もあります。先に書いたように母国語の場合、特に学習しなくても一定程度読めたり書けたりするわけですから、子どもの国語能力に合った文章を読んでいても何の負荷にもなりません。スルッーと読めてしまえば、国語力を鍛えることにはならないのです。しかし、優れた問題にある文章は読んでいていろいろと勉強になるようになっています。つまり良問は解けば解くほど、読解力を付けるだけでなく、様々な知識もついていくのです。

はなまるゼミナールでは、秋から、子どもの国語力に応じたテキストを用いた良問の多読演習をオプションとして、おこなう予定です。無学年で進級式で演習をおこなうことで、比較的短時間に国語力・読解力を上げられると自負しております。

現在、調整中ですので、決まり次第、このブログ上でご報告させていただきます。


母親の愛情と言語教育

IMG_9655.jpg
Creative Commons License photo credit: Hello Turkey Toe

 

外山滋比古『日本語の個性』という本の中に、次の一説があります。

人間は生まれると母親を中心とする周囲の人たちから言葉の教育を受ける。ところが、この新生児に対する言語教育をいかにすべきか、技術的に確信をもっているおかあさんは一万人に一人もいないであろう。学校の先生になるには、大学で教職の単位を取らなくてはならないが、最愛の我が子の三つ子の魂を決定する言葉の教育には、無資格、無免許のままで臨んでいるんだからおもしろい。それでいて、あまり大過なく母なる言葉、母語を赤ん坊が覚えるのは、母親には限りない愛情があるからだ。言語教育においてはしろうとであるが、愛情によって欠けたところを補っている。

子を産んだ母親が、我が子に言葉を教えるための資格や免許もなしになぜ教えることができるのか。それは、母親の我が子への限りない愛情があるからであるという言葉には、目から鱗が落ちました。そうかもしれません。この本は、日本語について書かれてあるので、言語に絞っていますが、言語のみならず日々赤ん坊を育てるために奮闘されている母親の限りない愛情で、子どもが育っていくのだと思います。
さらに、この本の中で、次のように続きます。

外国人に対する日本語教育についても、この母親の教育は参考になるはずだ。厳しい教師であることよりも、愛情の教師であるほうがはるかに大きな成果をあげうる。もちろん母親のようにはいかないが、、、

つまり、外国人に日本語を教えるためには、厳しい指導よりも、母親のような愛ある教育の方が大きな成果があげられるというのです。
外山氏は、子どもが覚えるようにという視点が書かれていますが、わたしは、教育全般にいえると思います。私が子どもの頃は、よく先生にたたかれたり、正座をさせられたりしました。それを“暴力”という一言で片付けるのには抵抗を感じますが、そうした厳しい指導よりもやはり暖かい指導の方が成果を上げるのではないかと思っております。
教育には、やはり“愛情”が中心であると、改めて感じた次第です。


スライム時計をつくりました!


ものづくり教室の第2弾として、きょう、スライム時計をつくりました。
好きな色に色づけして、とてもきれいなスライムができました。これまでも、何度もスライムづくりをしてきましたが、子どもたちが何かをつくるのを見るのはとてもいいものがあります。また、作るといっても、スライムづくりは工作ではなく、化学反応を利用したある種の実験ですから、それまでサラサラだったものが、ねばねばベトベトのスライムに変化するのはとても不思議なことです。


先が見えない未来を乗り切っていくために(3)

Mon Petit Prince
Creative Commons License photo credit: YLegrand

 


3つめにある「待つ、受けるという思考ではなく、自ら動く、実施する力・メンタリティ」、これもとても大切であると思います。
時代の流れはとても速く、さらに先行きは不透明です。そんな中で、「誰か」の指示を待っていたのではどうしようもありません。しかも、その「誰か」は神様でない限り、正しく将来への指示を出すことはできません。
これまでの自分の学習してきたことや経験などから、自ら判断し、実施していく強い行動力とメンタリティが必要となると思います。そうした力があれば、不安定かつ不透明な中かでもしっかりと地に足をついて生きていけるでしょう。
私は、つねに「結論を聞くよりも先に結論を頭に思い浮かべられる」よう解説を心がけています。「先生」がいつも正しいとは限らないですし、正しい「先生」がいつもいるとは限りません。子どものうちは、先生がなにかしらいたりしますが、大人になると、そうはいきません。自分で解決していける力をぜひつけてほしいと思っております。