ストレスに強くなる

子どものストレスを高める必要性を感じることが良くあります。
子どもたちが成長すればするほど、自分を取り巻く環境が、自分にとって不都合であったり、不快であったりする場面は多くでてきます。そうしたストレスに耐えられなければ、子ども自身、やはり疲れてくると思います。その子が、幼いうちであれば、母親が守ることもできると思いますが、成長してくれば、そうもいきません。
これを書いている今日は、大阪府立高校の後期入試の結果日でした。合格できた子どもは、当然満面の笑みですが、残念ながら不合格だった子どもの中には号泣する子どももおります。がんばってきたのにという思いが大きい子ほど、不合格だったときのショックは大きいでしょう。
しかし、子どもたちにはいいませんが、志望高校の不合格のショックなんて、その後の人生においては、それを上回るショックなど数多くあります。成長とともに、さまざまなストレスになれて、乗り越えていける力、1人でがんばっていける力を小学生高学年~中学生くらいまでに付けたいものです。
具体的にいうと、大変なストレスをむかえたときに、「今、自分はこの状態にある。しばらくは、この状態の中でやっていこう」と、つらい状態にあっても冷静に判断できるようになっていければ、その子は十分なストレス耐性があると言えると言えます。
こうしたストレス耐性を持った子どもは、将来も安心なのではないでしょうか。

photo by: Jerrold

学んで思わざれば則ち罔し

『学んで思わざれば則(すなわ)ち罔(くら)し

思うて学ばざれば則ち殆(あやう)し』

「学んでも考えなければ、[ものごとは]はっきりしない。
考えても学ばなければ、[独断におちいって]危険である」

孔子 『論語』(金谷治訳注/岩波文庫)より

本を読んだり、人から教えてもらったりしても、自分でよく考えて消化しないと、なかなか自分のものにはなりません。とくに、長い間、塾で子どもたちに勉強を教えていると、「自分でよく考えて消化」させるということに、かなり気を遣ったりします。塾というのは、学校で4~5時間くらいかけてやる内容をわずか1~2時間くらいに圧縮して授業をおこないます。そのため、「内容」よりも「テクニック」や「エッセンス」を教え込むということに重点を置きがちになります。しかし、私は、本当にそれで良いのだろうかと常に疑問を感じます。

学習の本質は、子どもたちが将来、学んだことを応用し、役に立てるためにあると考えます。そうすると、表面上の「テクニック」や「エッセンス」を教え込んだところで、役に立てることができるのはせいぜい入試にしかないのではないかと思うのです。

学んだことを、自分に合うように取り入れて、自分の人生に役立てるということを意識する必要があるのではないかと思います。

また、同時に、学んだことを実践し、その都度、学びなおすという作業も必要であると思います。学んだこと、知ったことを「事実」としてしまっては、それは机上の空論になりかねません。実践し、吟味し治すことで、本当に自分のものになるのではないかと思います。

さて、学ぶのは、学校や塾だけではありません。親や親戚、部活のコーチなどからも、学べます。あるいは、本などに、もっといい考えがあるかもしれません。現在うまくいっていない人は、「今自分に必要なのは、もっと外から学ぶことか、もっと自分でよく考えることか?」と考えてみるといいかもしれません。

 


悔しい思いを胸にへこたれずにがんばり抜く

大人になっていくということは、自分で判断し行動できるという“自由”が広がる反面、自分の行動に対しては“責任”が大きくなってきます。楽しいことも増えると当時に、思わぬ所から「責任」を問われ、驚いたり悔しい思いをしたりすることも増えてきたりします。

しかし、そういったことにも耐えながら、誠実に対処し乗り切っていかなければなりません。中学、高校時代というのは、まさにそのための訓練期間ではないかと思ったりします。

子どもに取ってみれば、「自分は自分。生まれたときからまったく同じ自分である」という感覚かも知れませんが、周りの大人=親や教師などからすれば、体も大きくなり、言葉も生意気になってくると、さらに成長を促そうと励まします。子どもは、ドンドンと成長しますから、親や教師はそれに見合う、あるいは現時点の子どものレベルよりも上のレベルを要求したりします。すると、それが子どもたちにとっては、「理不尽」な要求に映ったりすることがあります。

しかし、私は、子どもには少々「理不尽」に映っても、過大な要求や期待をすべきであると考えます。もちろん、とんでもないほどの過大な要求や期待は子どもをつぶしてしまいます。ですが、過大な要求や期待は子どもへの愛情の表れであり、ありのままの子どもが現時点でできることだけを要求していたのでは、子どもの伸びしろなどたかだか知れてしまいます。

子どもたちは成長に伴って、楽しいことばかりではなく、悔しい思いをすることも増えると思います。しかし、そうしたことに負けず、いつもたくましくがんばり抜いていってもらいたいと願っています。

photo by: ILRI

新たな世界に身構えよ

新学年をむかえる子どもたちの国語の教材から

身構えているもの

宮沢章二

早春の風の声を 胸に受けとめながら

ひとりひっそりと呼吸を整え

力を溜めて 身構えているものたち

枝の先の 新しい花のつぼみ

薄ら氷の下の 小川に育つさかな

厚い土のなかの 若草の芽

自分の呼吸は自分で整えなければならない

自分の力は自分で溜めなければならない

―― それこそ 自らが生きている証拠

開こうと身構えているものたちの

泳ぎだそうと身構えているものたちの

伸びようと身構えているものたちの

熱い気迫が むんむんとあふれる……

そんな早春の大地に私も立っている

一昨年まで所属していた塾の教え子たちから、「合格しました!」メールが続々と来ています。まずは、高校に合格したことが良かったと思います。そして、新たな世界の中で、自分らしさを磨き上げ、社会で活躍できるように祈るばかりです。

自分の呼吸は自分で整え、自分の力は自分で溜めていく

これこそが、真の自立であり、まさに生きている証拠です。

今、私が預かっている子どもたち、学年が上がる子、小学生から中学生になる子、それぞれが自立した1人の人間になっていけるよう、最大限の援助をしていこうと思います。

新たな世界に踏み出す子どもたちに心から祝福とエールを送ります。

photo by: robynejay