努力の結晶の通知表

Electric Slide今、はなまるゼミナールでは、冬期講習会をおこなっております。

はなゼミの講習会は、基本的に復習しかいたしません。「基本の学習は学校でおこなうこと」を柱にしているため、塾で先に進み、学校の授業をおろそかにしてしまわないようにするためです。

さて、終業式が終わり、小学生が通知表の報告をしてくれます。

「先生、『よくできた』が増えた!」「『よくできた』が○○個になった!」

と、評価が上がったことを報告してくれます。そして、私も一緒に喜びます。

しかし、実は、私は子どもたちの評価が上がったことを喜んでいるのではありません。子どもたちががんばって評価が上がったと喜んでいる姿を喜んでいます。

確かに、『よくできた』という評価が増えることはいいことであると思います。しかし、逆に言えば、それだけのことです。ですので、子どもたちは『よくできた』という評価の数を報告してくれるのですが、子どもたちに『よくできた』の数を増やしなさいとは言ったことはありません。

子どもたち自身ががんばって、評価され、それが喜びとなる、その過程こそがすばらしいと思っております。

長い人生の中で、いくらがんばっても評価されない、あるいは結果が出ないことなど、山ほどあります。まず、最初に経験するのは、受験でしょう。

ソロバンや英検、漢検などは、がんばって力がつけば必ず「合格」できます。しかし、受験はちがいます。定員がある以上、自分より優秀な人間が多くいれば、自分がいくらがんばっても「合格」できるとは限らないのです。

今年はオリンピックがありましたが、オリンピックも然りです。日本で一番だからといって、オリンピックでも一番になるとは限りません。

それでは、それまでの努力は意味が無いのか。

私は決してそうは思いません。しっかりと努力していれば、かならずどこかでその成果が現れるはずです。いや、現れるような人生を送るべきなのです。

先日も、ニュースで柔道のメダリストが破廉恥な事件で逮捕され、その判決が出ると報道されておりましたが、様々なものを我慢して柔道を続けてきて、メダルを取って終わりではなく、その努力の過程、メダルを取った経験を人生に生かすことができなければ、努力もメダルもまさに水泡に帰すると言わざるを得ません。

受験はある種、先にも書いたように必ず報われるとは限らない厳しい世界ですが、今やっている学習が、子どもたちの人生において、何があってもたくましく生きていける堅い基礎となることを願ってやみません。

 

photo by: kretyen

だけど、ぼくらはくじけない

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丸い地球の水平線に
何かがきっと待っている
苦しいことも あるだろさ
悲しいことも あるだろさ
だけど ぼくらはくじけない
泣くのはいやだ
笑っちゃおう
進め!
「ひょっこりひょうたん島」


理科教育の必要性 ~~義務教育はなぜ必要か

東京の丸ノ内線で、缶が破裂し、十数人の方がケガをされたというニュースを最初聞いたとき、「オウム真理教のテロ」を思い出しました。東京は、全世界でも有数の経済大国・日本の首都ですから、ある意味、何が起こるか分かりません。オウム真理教のような集団が、クーデターのようなものを企てることも十分あり得ます。
しかし、これは、事件ではなく、事故でした。26歳の乗客の女性が持っていたアルミ缶が電車内で破裂したようです。中に入っていた洗剤が容器のアルミ缶と反応し、中で水素ガスが発生、そして破裂したようなのです。
私は、以前からこのような事故があるたびに、義務教育、とりわけ理科教育の必要性を痛感します。
この洗剤は、水酸化ナトリウムが主成分だそうです。「水酸化ナトリウム」と聞くと、この時点で、彼女が持っていた洗剤がかなりの劇薬であり、慎重に扱わないといけないということが分かります。私は、授業において「水酸化ナトリウム」という言葉が出ると、枕詞のように「劇薬」と言うことも子どもたちに伝えます。劇薬であるということが分かっていれば、人間慎重に扱うものです。
また、普通、金属は酸に反応し、溶けて水素を発生させます。しかし、アルミニウムは、酸でもアルカリでも溶けて水素を発生させます。水酸化ナトリウムは、強アルカリですから、溶けて水素が発生する危険性は高校化学の知識があれば分かります。もちろん、先に書いたように、実は中学理科の知識、つまり水酸化ナトリウムは「劇薬」だというだけで注意して扱うはずなのです。
以前にも、洗剤や漂白剤を混ぜて使い、有毒ガスが発生し、人が亡くなるという事故が相次いだことがありましたが、基本的にこのような薬品を、なんの知識もなく「混ぜたり、金属の容器に入れたり」することは絶対にやってはなりません。
最近では、洗剤や漂白剤などには、「まぜるな、危険」などと大きな字で書いてありますが、本来なら義務教育を受けたものであれば、薬品は勝手に「混ぜたり、入れ物を変えたりしてはならない」ことは何となくでも分かるべきだと、私は思います。そのために、義務教育はあるのではないかと思うのです。
学校教育とは、「点数をとるために勉強する」のではなく、「よりよい生活を送るため」に受けるものではないでしょうか。
私は、塾の講師ですが、こうした視点を常に忘れずに、子どもたちに教えることを通じて、生きていく力をつけてもらいたいと思っております。


うまくいかなくても、やったことは全部、将来の自分のプラスになる

「うまくいかなくても、やったことは全部、将来の自分のプラスになります。」

ソフトバンク社長 孫正義さんの言葉です。
Wikipediaによると、孫さんは、佐賀県の朝鮮人の集落で生まれたとあります。そこでは、「足が汚水につかるような場所で苦学」したようです。
そして、父親から

「お前は在日韓国人だから、普通の日本人より頑張らないと出世出来ないぞ」

と言われ、育てられたとあります。
劣悪な環境、日本での韓国・朝鮮人差別の中、「普通の日本人」より必死に勉強し、さまざまな努力もしてきたのでしょう。そうした努力は、とうぜんすべてうまくいくはずはありません。失敗も多かったのだと思います。
しかし、ソフトバンクという会社を設立し、大企業にまで成長させた今となっては、若い頃の苦労や努力が現在の自分を築いてきたという自覚があるのでしょう。それが、先に書いた「うまくいかなくても、やったことは全部、将来の自分のプラスになる」という言葉に表れているのだと思います。
中学の頃、恩師にこんなことを言われたことがありました。

「苦労は買ってでもしろとよく言うが、苦労なんかせずにすむならその方が良い」

私は、そのときから繰り返し、この言葉の意味を考えてきました。そして、思うのです。やはり、苦労は買ってでもする必要はない、しかし、経験した苦労はかならず自分の将来にプラスになるのだということです。
まさに孫さんの思いそのものではないでしょうか。
大変しんどい思いをした子どもがいれば、
無理に苦労する必要はない、でも、苦労してしまったなら、それは将来の自分のためになるのだから良いことだよ
と言ってあげたいと思います。


塾のバス運行について考える

大阪で数万人の生徒数を集める塾が5つほどあります。そのうちの1つが、奈良の大手塾を買収しました。そして、この冬から、「無料」バスを運行することで広い範囲から生徒を集めるようです。

さて、この「無料」バスは、保護者・生徒の立場から、どうなのか少し考えてみたいと思います。
私は、はなまるゼミナールを立ち上げる以前は、先に書いた5つの大手塾のうちの1つで働いておりました。そして、私の働いていた塾でも「無料」バスが運行されておりました。しかし、すべての教室ではありません。一部の教室での運行です。
私が働いていた塾でなぜ「一部の教室」でしか、バスが運行されていなかったのか。経営者の判断は知りません。しかし、私は、バス運行に関わる「経費」の大きさが理由の1つであると考えています。
この冬から、県内のあちこちで見られるようになる、この「無料」バスですが、当然のことながら、生徒が乗るのに「料金」は発生しません。この意味ではまちがいなく「無料」なのです。しかし、「無料」=「お金がかかっていない」ということでは、まったくありません。授業料の中に、当然「バス代」が含まれているのです。しかも、利用しない生徒の授業料の中にも「バス代」が含まれています。これが「無料」の意味です。
バスに乗る子に「バス代」が請求されれば平等なのですが、「無料」バスである以上、乗らない子どもの授業料にもバス代が含まれています。私は、これはたいへん不平等な授業料であると思っております。
さらに、このバス運行にかかる経費は、けっして安いものではありません。仮に、1台のバスを維持するのに、月に20万円かかるのであれば、7~10人分くらいの月謝をそのままつぎ込むことになります。つまり、バスを走らせることによって、10人くらい生徒が増えたくらいではまったく利益にはならないのです。そればかりか、その他のリスクも伴うことになります。
この塾の場合、奈良県下の人口集中地を網羅する勢いでバスを走らせる予定のようですから、数百人くらい生徒が増えてもまったく利益にならないと想像いたします。
私は、これほどの巨額の経費をかけるのであれば、バス運行にかかる経費分、授業料を下げた方が、すべての生徒に平等に利益があるのではないかと思うのです。
つぎに、安全面を見てみたいと思います。
私は、よく妻から「なんで、あなたはそんなにえらそうなの?」と注意されたりしますが、実は、けっこう小心者です。先々のよからぬことをつい考えてしまい、臆病になるのです。
個人塾の塾長さんなどは、授業が遅くなると自家用車で子どもを送るなんて話はよく聞きます。しかし、私にはそれがおそろしくて仕方ありません。万が一、事故を起こしたらどうするのかということです。
事故は、自分が引き起こすものばかりとは限りません。向こうからやってくることもあります。大切な子どもたちを乗せて事故を起こすなど、想像をこえる出来事です。私は、それが不安なのです。これが、自家用車程度でなくて、数十人乗せたバスが事故を起こしたら、塾業界では「大惨事」に近いでしょう。業界を震撼させる出来事になります。責任などとりようがありません。
「無料」バス運行をはじめましたという文言は、たしかに保護者・生徒からすると、「便利で安全」で何ら「損する」ことがないように思えますが、プラス面ばかりではけっしてないのです。
なお、私事で恐縮ですが、以前の塾に勤めているときのことです。私が教室長を務める地域に進出してきた大手塾さんから「引き抜き」にあいました。殺し文句は「現在の年収の2~3倍の報酬で働いて欲しい」ということでした。
いきなり収入が2~3倍に上がるなど考えられません。きっとライバル塾から教室責任者を引き抜いては、1年くらいでクビに追いやり、ライバル塾を弱体化させる作戦だったと思います。少子化を生き残る大手企業塾の戦術の1つなのでしょう。

photo by: kevin dooley