音読で分かること

Books, books, books, books, books, books, and books.はなまるゼミナールの基本方針として、国語の授業では必ず音読させるということがあります。子どもたちに音読してもらうだけで、いろいろなことが分かります。

さて、今日、国語の授業の音読でこんなことがありました。ダイコンの辛味の話の一節ですが、子どもに読ませると、次のように読みました。

「ダイコンは、そのまま、じったりしても、あまからくはありません」

「ダイコンをじったり?」「じったりすると、あまからい?」 本人も含めて、みんなで大笑いしましたが、何のことが分かりますか。

原文はこうです。

「そのまま、じったりししても、あまからくはありません」

赤い字のところを読み飛ばしたために、とても面白い文になってしまったのです。「ダイコンをじったりって、どんなの?」「ダイコンって、あまからいの?」と想像しても楽しいのですが、まさに突っ込みどころ満載です。

音読をすることで、子どもたちがいかに読み違いをおこしているかよく分かります。当然のことですが、これでは、正確に文意を理解することは不可能ですし、テストで得点をすることなどできるはずはありません。

保護者の方々と面談をしていても、「うちの子は、読解力がなくて、、、」といわれる方が少なからずおられます。しかし、本当に読解力がない子どもかどうかは別です。そういう子どもに音読させてみると、「読解力の欠如」ではなく、「きちんと読んでいないこと」が国語の点数が取れない原因であることも多々あります。そして、そういう子どもは、授業で音読を繰り返すうちに、国語の点数が上がっていきます。

是非とも、ご家庭で、お子さまのために毎日5分ほど、子どもの音読を聞いて上げる時間を取ってあげてください。そして、きちんと読めていなくても、ダメ出しするのではなく笑い飛ばせるくらいの広い気持ちで訂正してあげてください。半年、1年とやっているうちに、キレイに読めるようになってきます。そして、書いてある言葉通りに読めることで、文意が正確に理解でき、国語力の向上につながります。

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廊下の黒板~~小学4年生の現代アート

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はなまるゼミナールの校舎は、小さい建物ですが、ろうかの奥には黒板があります。黒板用の塗料を使って、妻と作った手作り黒板です。この黒板は、子どもたちには、自由(※)に使っていいと言っております。

夏休みの最後になってくると、「あと宿題が3つ」とか、テスト前になると「テストで花丸とるぞ」とかいうラクガキが見られます。

また、絵を描いてくれる子どもたちもおります。ワイワイと絵を描いている声を聞いているのは何とも言えない幸せ感に包まれます。

小学4年生くらいですと、こうした絵は、何とも言えない味を持っています。もっと低学年だと、さらに良い味わいなんだろうなと思ったりします。私は、現代アートが好きで、よく見に行ったりするのですが、小4生が書くこうしたラクガキはさながら、現代アートのようです。

しかし、学年が上がるにしたがって、絵はだんだんとおもしろみがなくなってきたりします。そうした変化を見ていますと、子どもたちには、いろいろと学び、1つでも2つでも大人に近づいていってもらいたいという反面、純粋な心も維持して欲しいなという複雑な気持ちになったりします。

(※「自由に」と子どもたちには言っておりますが、同時に、他人を傷つけたり悲しめたりする「自由」などはないと伝えてあります。子どもたちには、もし「他人を傷つけたり悲しめたりする自由があるなら、犯罪はし放題になるよね」とも伝えます。なので、そうしたことを書かなければ、まさに自由な表現の場となっています。)


塾講師に聞いた「わが子を行かせたい塾」ランキング(2)

Funny Chinese Child Playing Boy(つづき)

また、生徒への対応のみならず、親御さんへの対応もしかりです。子どもが幼ければ幼いほど、ご家庭の影響を強く受けております。それは、当然のことでしょう。子どもの学習姿勢とご家庭での学習姿勢はやはり強く関係しております
今、はなゼミに通うようになってから、「宿題をすぐにするようになった」「辞書を引くようになった」「いやがらずに勉強するようになった」という生徒が何人もいます。それは、とてもうれしいことなのですが、やはりご家庭のご協力も必要となります。
そのときには、親御さんが少し耳の痛くなる話もせざる得ません。それは、「こんなことを言って、気分を害されて辞められたらどうしよう」とか言うことではなく、その子の将来を考えると、「宿題はすぐにする」「分からないところは、自分で調べる」「間違えたところはやり直す」など、学習の最低限度の「習慣」をつけてあげないといけないのです。そして、そういう「習慣」が付いてくると、自然と成績は上がりますし、本人もうれしくなり、ますますがんばれるという良いスパイラルになってきます。

合格実績の数も、保護者からするとだまされやすいポイントです。
合格実績は、(1)塾生数に対する割合と、(2)塾内競争率を知ることが、本当の塾の力が分かるポイントになります。
(1)について言えば、塾生数が多くなれば、必然的に合格数も増えます。したがって、合格数が多いからと言って、その塾の実力にはなり得ません。たとえば、塾生数1万人の塾からA高校に100人合格(1%の合格率)しても、塾生数100人の塾からA高校に10人合格(10%の合格率)のほうが、本当の実績は良いのです。私が親なら、100人合格の塾より、合格率10%合格の塾を選びます
(2)について言うと、トップ高の合格数を競う大手塾は、ムリな受験を多数おこないます。つまり、模試で合格可能性が10%しかなくても、そんな子どもを10人受験させれば、1人は確率的に合格するのです。もちろん、9人は不合格なのですが、そんなことは塾にとっては関係ありません。なぜなら、子どもの人生、ご家庭の方針に関係なく、トップ高の合格数が大切だからです。
それを見抜くには、塾内競争率を見るべきです。もちろん、トップ高の合格数を競う塾は、そんなものは絶対に開示しないでしょう。なぜなら、一般競争率より、低いことがばれてしまうからです。ムリな受験をさせて、一般競争率より、高いはずなどありえません。真偽はともかく、大阪のとある進学塾などは、一般競争率より2倍も塾内競争率が高いと噂されております。これが本当なら、その塾に通っていない生徒の方が2倍合格していることになります。とんでもありません。

私は、塾は、サービス業ではあってはならないと思っております。しかし、生徒がいなくなれば、塾はつぶれてしまい、経営者をはじめ、社員は路頭に迷ってしまいます。したがって、「サービス業」化していく塾は当然出てくると思います。
かつて私が大阪の大手塾で教室長をしていたときのライバル塾は、次のようなことをしていました。
塾内模試の時に、子どもたちのカンニングを容認するのです。そうすることで、模試の結果が良くなり、その結果を見た親御さんが喜ぶというのです。なぜ、そういうことを知っているかと言いますと、その塾を辞めて、私が教室長をしていた塾に来たときに、教えてくれたからです。そういうことを言う生徒は、複数名いたので、かなり真実に近いのはないかと思っております。
わが子を愛し、将来苦労させたくないという親心は当然です。しかし、表面的な宣伝に目を奪われてしまい、「塾の肥やし」とならないようにしたいものです。

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塾講師に聞いた「わが子を行かせたい塾」ランキング(1)

Child's Hands in Clay先日、フジテレビのお昼の番組「バイキング」で、「塾講師に聞いた「わが子を行かせたい塾」ランキング」という企画が放映されたようです。

私も見たかったのですが、気づいたときには、すでにその企画が終わっておりました。

ネットで調べてみると、そのランキングとは、

1位 出来ない事を正直に伝える塾
2位 生徒をちゃんと叱る塾
3位 親にもきちんと指導する塾
4位 授業の時の席が決まっている塾
5位 合格数を「%」で表示している塾
だそうです。
私自身、塾講師歴はすでに25年以上になっておりますが、このリストは全くもって同感です。「塾」に聞いて調べたのではなく、ちゃんと「塾講師」に聞いたのだろうなと思います。

子どものことよりも、まず利益が優先になってくると、「できないことを正直に伝える」「生徒をちゃんと叱る」「親にもきちんと指導する」などということはできなくなります。わざわざそんな「危険な」ことをして、辞められては元も子もないからです。とりあえず、親にも子どもにも「聞き心地の良いこと」を言って、退塾を防ぐことができれば、とりあえず利益が確保できます。まさに、「サービス業」の考え方であると思います。

塾は、教育サービス業と言われますが、ではサービス業そのものかと言われると、大きな違いがあります。

サービス業は、顧客に対して「心地よいサービス」を提供する仕事です。サービス料を取るホテルやレストランなどを見れば、より分かりやすいと思いますが、やはり顧客に対して、最高の「居心地」を提供します。そして、その分、サービス料をいただくわけです。それが、サービスの基本ではないでしょうか。

しかし、塾はむしろ逆になります。子どもたちに対して、漢字を覚える、英単語を覚える、計算間違えをしないなどと指導します。そのことは、多くの子どもたちには、「居心地の良い」ことでは決してなく、むしろ「居心地の悪い」ことにちがいありません。小テストなどで悪ければ居残りをさせられたりすることも、けっして「居心地の良い」ことではないはずです。

だからといって、漢字を覚えさせたり、英単語を覚えさせたり、複雑な計算方法を習得させたりしなければ、それは「塾」と言って良いのかという世界になります。もちろん、聞くところによると、子どもたちの「心地よさ」を追求するあまり、その子が「できる」問題ばかりさせ、「不快な」思いをさせないようにしている「塾」もあるようです。しかし、それでは力など付きようがありません。私は、子どもたちが将来、立派に大人となって社会に出たとき、不測の事態に対応できるような生きる力を身につけてあげなければならないと考えております。そのためには、現時点の子どもの学力を固定的に捉えるのではなく、半年後にはここまで伸ばしてあげたい、1年後にはさらに、、、と成長させてあげなければならないと思います。

(つづく)

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