一夜漬けはもったいない!

- Despair
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子どもたちには、試験の日は分かっているのだから計画的に勉強しなさいと繰り返し言います。しかし、それでもテスト前になって慌てて、午前1時や2時に勉強したりする生徒はおります。

しかし、当然のことながら、「一夜漬け」したり「徹夜」したりする学習は、とても褒められたものではありません。学習の本質から言うと、それは「学習ではない」と言い切っても良いと思います。

人が記憶していく過程は、段階を踏むそうです。まず、「短期記憶」し、その後、必要な情報のみを「長期記憶」するそうです。1日15時間ほど、起きていれば、様々なものを見たり、聞いたりします。そのほとんどをその瞬間には覚えています。これが短期記憶です。しかし、それらのほとんどは、次の瞬間には忘れています。いちいち覚えていたら大変です。道を歩いていて、目に前にいる人の人相や服装、走っている車や町の様子、見ても自分に関係のないことであれば自動的に忘れていきます。全部頭に入ってきたら、パンクしてしまうでしょう。

つまり、基本的に「短期記憶」は忘れていくのが当然なのです。しかし、学習は自分のこれからの人生を決めていくものですから、忘れてしまうと大変もったいないことになります。自分をつくっていく学習内容は、しっかり覚えていて、将来にわたって役立てなければなりませ。そのためには、いったん覚えた「短期記憶」を、なかなか忘れない「長期記憶」にしていかなければなりません。

「長期記憶」にするために大切なことはいくつかあります。

まずは、その学習が自分にとって必要なことであると思うということです。人は、関心のないことはどんどん忘れていきますから、学習については強く関心を持つと言うことが最も大切だと思います。「自分の将来にとって必要である」とか「夢を実現するために必要」とか、こじつけてでも学習が自分にとって必要であると思い込むことが重要なことです。

次に、重要なことは充分な睡眠です。夢を見ている最中は、記憶を整理しているそうですが、しっかりと睡眠を取ることにより、短期的な記憶が長期的な記憶に変換されます。つまり、忘れにくくなります。もちろん、自分にとって「必要な記憶」だけが、整理されて残るわけですから、勉強に意義を見いださずに寝ているだけで成績が上がるわけはありません。あくまで、「自分にとって勉強すること(成績を上げること)は必要なんだ」と心底思っていることが前提です。

さらに、反復することで、その記憶はますます強固なものになっていきます。ただ、反復しても〈短期記憶〉→〈忘却〉→〈短期記憶〉→〈忘却〉→…と繰り返すだけで、「こんなに努力しているのに、なんで覚えられないのだろう」ということになってしまいます。大切なことはあくまでも「学習の意義」「学習の目的」を自分なりに見いだすことで、反復練習がより効果を発揮していきます。

だから、「一夜漬け」や「徹夜」で、「昨日は3時間しか寝てない、こんなに勉強した」なんていうのは、「すぐに忘れるための努力」であり、自慢にもならないばかりか、まったく無駄な努力としかいいようがありません。子どもたちには、効率よく学習し、将来の自分をコツコツと作っていってもらいたいと思います。


成果を上げる人は最も重要なことから始めしかも一つに集中する~~ドラッカー

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算数、数学を指導する上で、もっとも注意している1つが、計算の仕方です。

計算間違いが多くて、なかなか点数が上がらない子どもの大多数は、2つ3つと手順を踏まないといけないところをとばして、一度にやってしまい、ミスを生じてしまうというパターンです。たとえば、方程式を解くとき、本来なら、左辺に文字の項を右辺に数字の項を集め、それぞれを計算し、最後に「x=○○」と出すところを、移行とxの係数を払うことを一度にやってしまい、結局計算が合わないなどです。

また、計算をしている最中に、集中力が途切れてしまい、別のことを考え、途中で数字などがおかしくなってしまうこと。これもまた、計算ミスの多い子によく見られます。

子どもたちに、いつも言うのは、

計算し始めたら、他のことは考えずに集中して一気に解く!

同時に2つ、3つのことをせずに、1つひとつ、ちゃんと計算する!

めんどくさがらずに途中式をちゃんと書いて正解を出す!

ということです。当たり前のことですが、やはり大切なことだと思っています。

そんなとき、ドラッガーのこんな言葉に出会いました。

「成果をあげる秘訣を一つだけあげるならば、それは集中である。成果をあげる人は最も重要なことから始め、しかも一度に一つのことしかしない」(『プロフェッショナルの条件』)

まさに、常日頃、子どもたちに言っているとおりです。やはり成果を上げるためには、自分の力を集中すること、そして最も重要なことだた1つ力を注ぐことなんですね。

また、こんなことも言っています。

「成果をあげる人は、多くのことをなさなければならないこと、しかも成果をあげなければならないことを知っている。したがって自らの時間とエネルギー、組織の時間とエネルギーを一つのことに集中する。最も重要なことを最初に行うべく集中する」(『プロフェッショナルの条件』)

多くのことをしなければならないことも知っているが、最も重要なこと1つに集中することが成果を上げる人であると。


計算は速くなったが文章題はダメ

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塾講師を20年以上続けてきて、入塾の際に保護者の方からよく聞くのが、

うちの子は計算は速いのですが、文章題はできない

ということです。

教育といったときに、よく「読み書きそろばん」といったことがいわれますが、どうも計算力をつけることだけが突出して目立っているような気がします。しかし、むしろこれからの時代、計算力より「読み書き」の方が大切なのでは思っています。

私は、理系でしたから、学生時代、高価なパーソナルコンピュータを大学で使わせてもらっていました。もちろん、個人で持っていた人もいましたが、1台20~30万円はしていたでしょう。しかし、今はちがいます。とても性能の良いPCが数万円で買える時代です。そんな時代、会社に入れば、会計の仕事のほとんどはパソコンがするようになってしまいました。そんな時代に、人間が計算することの意味はどれほどあるのでしょうか。計算よりも、むしろ「読み書き」が重要ではないかというのは、そういう意味です。もちろん、計算ができることは必要です。しかし、相対的に必要性は薄れてきているのではないかと思うのです。

しかし、時代の流れとは逆に、世間を見回してみると、ただ計算練習を反復練習させる塾もたくさん存在しています。たしかに初期段階においては、「習うより慣れろ」で反復演習させることに意味はあります。しかし、計算方法が身についてしまえば、やはり文章題をしっかり読め立式ができること、そしてその立式の意味や計算の意味などをしっかりと考えさせる方が、子どもの能力を磨き上げるという意味でも、子どもの将来を考える意味でもとても大切だと思うのです。

今までたくさんの「秀才」を見てきましたが、そのうち、半数くらいは塾に来る前に、「通信教育」をやっていたという共通点がありました。なぜだろうと考えたこともあったのですが、やはり自分で考えるという習慣が子どもを大きく鍛え上げているのではないかと思っています。演習量や計算スピードなどでは、反復演習の塾の子どもには負けているにもかかわらず、正答率や応用力では圧倒的に強いのです。もちろん、通信教育というのはなかなか続けるのが大変なのですが。


正しいまちがい直しの方法

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子どもを見ていると、低学年は仕方ないとしても、中学生になっても、間違いを指摘したとたんに消そうとする子どもがいます。

しかし、それはとてももったいないことです。間違いは恥ずかしいことではなく、自分のどこがどう間違っているかをみるための大切な材料だからです。常日頃、子どもたちには、

「どんどん、間違えたらいい。そして、どこがどう間違えたかを確認しなさい。でも、何度も同じところを間違うのはダメ」

と言っています。間違えたら良いんです。それが若さの特権なんですから。でも、同じ間違いを何度も繰り返すのはやはり良くないですね。

だから、ノートの書き方、返却された答案のやり直しは、

◎間違いは絶対に消さない

(計算の筆算や解くときに使ったメモも同じく消さない)

◎やりなおしは別のところに書く

(間違えたところの上から書く子もいますが、せっかくの間違いが見えません)

◎わかりやすいように色ペンで書き直す

(黒だけでは見にくいし、色々な色ペンで書いた方が見やすい)

もう一度、言います!

間違いはけっして恥ずかしくない。それは次に間違わないための一歩!


生駒中 定期テスト自己分析スタート!

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私のスタンスは、基本的に子どもを信じることにあります。子どもの力を信じます

では、塾の役割は何か。それは、あくまでも補助的なコーチとしての役割であると考えています。子どもたちが大きく成長し、立派に社会で生きていく、そこで多くの人々から信頼され、尊敬される人間になってくれる、独り立ちするまでの良きコーチでありたいと思っています。

さて、以前の記事でも書いたように、子どもたちに中間テストの自己分析シートを渡し、どんどん自己を分析し、評価してもらっています。私は、子どもたちの自己解決能力を信じておりますから、若干の補足をしなくてはいけない点はあるものの、基本的にはしっかりと自己分析をしてくれると思っております。

来週、子どもたちが、どんな自己分析、自己評価を行い、期末テストに向けての取り組みを考えてきてくれるか、楽しみです。


きちんと覚えていくということ

Lovely Chaos @ New York City
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通わせてくださっている親御さんから、

「今まで、ほとんど勉強しなかったのに、帰ってきてすぐ宿題をやるようになりました」

「宿題をしなさいといわなくても、食事を終えたら、自ら進んで宿題をやっています」

とありがたいお言葉をちょうだいしています。小学生、中学生ともにです。

私は、記憶力の良い方ではありません。きっと頭の良い方でもないと思います。だから、「すぐに忘れてしまうねん」という子どもの気持ちはよく分かるつもりでいます。そもそも、人間の記憶、とりわけあまり興味のないことに関しては、24時間~48時間もすれば、忘れてしまうのではないでしょうか。エビングハウスの忘却曲線によると、自分にとって無意味な内容については

20分後には、42%を忘却し、58%を覚えていた。
1時間後には、56%を忘却し、44%を覚えていた。
1日後には、74%を忘却し、26%を覚えていた。
1週間後には、77%を忘却し、23%を覚えていた。
1ヶ月後には、79%を忘却し、21%を覚えていた。

と、24時間後には3/4忘れてしまっているのです。
これは、とてももったいないことです。せっかく、大切な時間を使って、塾に来て勉強しているのに、一晩ねたら、もう忘れてしまうなんて。
だから、子どもたちには、かならずいうのです。
忘れちゃったらもったいないから、今日中に宿題をやっておこう!
そして、ほとんどの子どもたちは、ちゃんと実践してくれているのです。
はなゼミでは、英語も数学も週に2回ありますから、その日のうちに宿題をやっていれば、次の授業(3日後)では確実に覚えているんですね。定着の具合が全く違います。“ああ、この子は、忘れないうちに宿題をやっているな”とすぐに分かるのです。
もちろん、それでも2週間、3週間と日が経つにつれて、記憶も薄くなってくるのですが、また復習すればすぐに記憶はよみがえってきます。こうした繰り返しが、子どもたちにとっては、学習が習慣になっていくおおきな練習ではないかと思っています。


苦手教科を克服するために

grapes, for everyone
まずは,勉強に対して,自信をつけることが大切です。やはり,自信がないと,勉強に集中もできませんし,成績を上げていくこともむずかしくなります。では,どのようにすれば自信をつけることができるでしょうか。

ひとつの提案として,成功体験を積み重ねるということをおすすめします。人間は,以前にしたことが成功したとき,次に同じことをしやすくなるという傾向があります。たとえば,お母さんが,夜のおかずをつくったときに,子どもがおいしいととても喜んでくれた場合,次もおいしいものをつくろうと積極性が出てきたりします。しかし,逆に,おいしくないと言って残されたりした日には,あまり良い気持ちがしません。

学習においても,苦手な,できない教科をしっかりとやる必要は確かにあるのですが,そればかり時間をかけても理解ができなかった場合,やはり気分が良くないですし,次やろうという気もおきにくいのです。

では,発想の転換で得意教科をビシビシやり,勉強に対する気分を高めてみてはどうでしょうか。できる教科,得意な教科をやることで,やればできるという気持ちを高めていって,そうした気分で苦手教科もやってみる。こうした手順を踏むことで,苦手教科に対する意識も少しづつ変わっていけるのではないかと思います。

つまり,得意教科をしっかりやることで,得意教科であるけれど,その成功体験が自信へとつながり,苦手教科をがんばろうというエネルギーにつなげていくということです。おためしください。

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勉強に励む美しさ

Graham at Work
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小学生,中学生の間にしっかりとした国語力をつけることは,とても大切です。

それは,英語を勉強する上でも,算数や数学を勉強する上でも,理科でも,社会でも大切なことです。

書いてある日本語が正確に,そして主観でなく客観的に理解することができなければ,どのような教科であっても学習することはできません。いや,教科学習だけではありません。サッカーを習っていて,コーチからのアドバイスがしっかりと言葉通りに理解できなければ,上達しないでしょう。

はなゼミでは,子どもたちにできるだけ多くの文章を読んでもらいたいと思っており,授業でもたくさんの文を読んでもらっています。1コマ55分の授業で,5つ以上は読んでいるのではないでしょうか。そのことにより,文章読解の力だけでなく,いろいろな知識や感受性なども豊かにしてほしいと願っているからです。

さて,先日,小学5年生の接続語の学習に,高田敏子さんの「詩の世界」という本の中の一節を読みました。

テーマは「美しさの意味」であり,何をもって,私たちは美しいと感じるのかということが書かれてありました。

その中で,高田さんは,「働く人を美しい」とし,「どんなにどろんこでも,汗みどろでも働く姿は美しい」といいます。それは,働くという行為が役立つ使命を果たすことであり,どろんこや汗がそれにつながっているので,美しく見えるのだというのです。

私は,生徒に「使命」の意味とそれを果たす美しさについて,お父さんが一生懸命仕事をしているのは,家族や子どもたちを守り育てるためであり,お母さんがご飯をつくってくれたり掃除や洗濯をしてくれたりするのも,そういう使命を果たしているから,美しいのだよと説明しましたが,実は,心では少し違うことも考えていました。

それは,この20年の塾講師生活の中で,一生懸命に勉強する子どもたちを見ていると,やはり「美しいなあ」と感じて,感動してしまうことを考えていたのでした。子どもたちが一生懸命に勉強する姿になぜ感動するのか,それは,高田さんの言葉を借りると,使命を果たしている姿に感動を覚えているのでしょう。

親からの期待もあるかもしれません,または自分の夢や希望をかなえるためにがんばっているのかもしれません,いずれにせよ,しっかりと努力をし,学力を身につけ,社会に貢献している人間へと成長するために訓練であることは間違いないのです。当の子どもたちは,感じていないと思いますが,こうした子どもたちが社会に役立つ“人としての”使命を果たす姿を,心のどこかで想像し感動していたのかもしれません。