がんばれば、いつか開く扉

はなまるゼミナールでは、国語の授業で、作文指導もしております。
先日、中1生に作文を書いてもらい、添削をしました。すると、ある中1女子がこんなことを書いていました。
「私は、あるアーティストの歌詞に感動しました。その歌詞は、これです。
 『目の前をふさいでいるのは壁じゃなくて、扉なんだ』c855_kusarigatuitakousi_tp_v
 私は、この詩を聞き、今、目の前にふさいでいるのは壁じゃなくて、扉なんだ、だからがんばったら、開くんだと思い、感動しました。」
私たち、大人はよく「壁を乗り越える」という言い方をします。しかし、子どもたちにとって壁というのは、乗り越えるものではないのかもしれません。
そうではなく、目の前の困難は、重い扉であり、がんばって押すことで、その扉は開く。こういうイメージの方が分かりやすいのかもしれません。
ここ数年、指導要領が変わるたびに、教科書が分厚くなり、勉強しづらい生徒には、勉強が本当に大変になってきました。しかし、その重い扉は、努力によって、いつか開く
子どもたちには、そうした希望を持ってもらいたいと思います。


すべての子どもたちが希望を持って

drftgyhuij_tp_vはなまるゼミナールでは、年に数回、全員必須で模擬テストをおこないます。
その目的は、もちろん客観的な学力を見るということはありますが、なによりも子どもたち自身に、自分の成績をみて、いろいろと考えてもらうことにあります。
模試の返却と共に、1人ひとりと時間をかけて面談をおこないます。これも少人数の塾ならではです。面談では、私の方から成績に関して感想を言うのは控えます。成績は、子どもたちのものですから、私は子どもたちから感想を聞き、それに対して、感想を伝えることがほとんどです。
こうして、子どもたち自身が自分の成績について、意見を持ち、目的意識的に学習を進めてくれれば良いと思っております。
さて、今、順次、子どもたちと面談をし、模試の返却をおこなっております。
今回の模試においても、それぞれにがんばってくれているのですが、最も嬉しいことは、小学6年生の全員が偏差値50以上になったことです。
はなまるゼミナールでは、入塾テストがありません。また、勉強のしづらい生徒もたくさん通ってくれております。
この中には、入塾に偏差値が30台~40前半の子どもも少なくありません。
しかし、偏差値が30台~40前半だと、きっと学校生活において、辛い場面が多くなることがあると思います。
こうした子どもたちが1~2年の通塾で偏差値が50台にのるということは、学校生活も楽しいものに変わる可能性があります
人生において、子どもの時間というのは、とても大切です。この時期に、学校生活が楽しいか辛いかでは大きな違いがあります。
そういう意味において、入塾時に勉強が苦手だった子どもが、平均的な学力をつけることは、その子どもの将来においてもとても大切だと思っております。
さらに、小学5年生も、4年生時から通ってくれている子どもは、大きく学力を伸ばしてくれております。
努力すれば、学力が上がり、学校生活が楽しくなるす。そこから、将来への希望のつぼみが大きくなり、培った学力で、社会に貢献できる大人へと成長してくれることを願っております。


子どもの学習と親の関わり方【2】

3つめのグラフは《「勉強しなさい」という声かけと子どもの学習時間の関係》となっています。
ここで、確認したいのは、小学校低学年までは、「勉強しなさい」という声かけをした方が、勉強時間が長くなる傾向にあるのに対して、中学生においては「勉強しなさい」と声かけをしない方が勉強時間が長いということです。

私は、これを子どもの自立の問題と考えます。
つまり、小学生低学年は、まだまだ親御さんが「育てる」という側面が強いのに対して、中学生くらいになると自立心が出てくるので、むしろ子どもの自立心を信用するくらいの方が子どもは自律的に学習するということではないかと思うのです。

さて、問題は、子どもが自律的に学習できるようになるのはいつ、そしてどのようにしてかということではないでしょうか。
グラフを見ると、小5~小6あたりが「我が子を信頼して手を離していく」時期なのではないかと思います。とすると、小4あたりから「なぜ勉強するのか」など、子どもが自律的に勉強できるような話をしていくと良いのかも知れません。

4つめは《子どもと将来や進路について話をする》グラフです。
はなまるゼミナールでは、コーチングに基づき、授業を進めております。したがって、「なぜ、勉強しなければならないのか」「宿題はなぜあるのか」などを適宜、子どもたちに話しながら、子どもたちの自立を促しております。先日も、小学6年生に「中学生に進学するにあたって」という講義をしました。子どもたちが、緊張感とともに顔つきが締まっておりました。また、保護者の方からも、「家に帰ってからいろいろと話をしてくれ、中学生になったらついて行けるかと心配だったが、少し安心した」などと言ってもらっております。

私は、子どもたちには、その段階に応じて、「将来や進路」の話はかならずする必要があると思っております。
さて、グラフにおいては、小5、小6においては8割近くの親御さんが子どもと「将来や進路」の話をしておられます。中3生では9割を越える方が話をしておられるのですが、中3になってからでは少し遅いのではないかと私は思います。

というのも、どこの高校に行くかで一定程度、人生の幅が決まってきます。当然、高校で人生のすべてが決まるわけではありません。しかし、高校によって合格する大学はだいたい決まっていることから考えると、中3までには一定の目標を設定した方が良いのではないかと思います。中3で「将来や進路」の話をし、「それなら大学に行かなきゃね、じゃあ○○高校に通おう」となったとしても、その時点で実力や成績が間に合っていれば良いですが、間に合っていなければ、なんのために「将来や進路」の話をしたか分かりません。まるで、「無理である確認」をしたかのようになってしまいます。

理想を言うと、小6あたりから段階を経ながら、中2くらいまで少しづつ「将来や進路」について話し合いながら、学力をつけていき、最終的に中学3年生では「夢や希望」に見合う高校を受験するという形が良いのではないかと思います。

最後のグラフは、《子どもと将来や進路について話す割合と学習時間との関係》です。
大変興味深いのは、若干の変動はあるものの、小学1年生~中学3年生において、すべての学年で「将来や進路」について話をしている子どもほど、学習時間が多いということです。

とりわけても注目すべきは、小4~小6にかけては「将来や進路」について話をすれば、子ども自身がきちんとそれを理解し、学習に励んでいる様子がうかがえます。うまく子どもたちが自律的に行動している証拠でしょう。

しかし、よく考えてみると、当たり前のことかも知れません。人間は、本来、みずからの頭で考え、行動する動物ですから、「頭ごなしにやりなさい」と言われるよりも、「理由が分かった上でみずからやる」方が人間の特性に合っていると思います。

ただ、中1、中2においては、学習時間は下がっています。この辺りで、さきに書いたように「勉強しなさい」と親御さんが言わざる得ない状況が分かります。本来なら、自分の「夢や希望」に向かって、さらに学習に励まないといけないのですが、なぜだか下がっております。

この原因の1つは、「話す内容」にあるのではないかと思っております。中学生というのは、義務教育が終わる学年であり、いわば「大人になるための練習期間」でもあります。ほとんどの中学生が高校進学する時代であるとは言え、希望すれば、就職することだってできるわけですし、実際にしょうなりといえども社会人になる子どももおります。周りの大人はそうした中学生を「大人への訓練生」として見る必要があります。

つまり、小学生に話す内容に比べ、中学生に話す内容は「子供だまし」のようなものではなく、現実的でないといけないと思うのです。しかし、むずかしいことは、あまりにも現実的すぎるのも良くありません。子どもたちは、まだまだ磨けば磨くほど光る原石なわけですから、「夢や希望」を残しつつ、リアルな「将来や進路」についての話をしてやる必要があるのではないでしょうか。ここで、「小学生のときに言っていた内容と変わらないこと」を言っていると、子どもたちに見透かされてしまい、逆効果になってしまうかも知れません。

ただ、中学生は思春期でもあり、むずかしい年頃です。親がいくら良いことを言っても、子どもは聞く耳を持たない年頃です。むしろ、こうした時期には、学校や塾の教師、あるいは親戚など、ちょっと距離の離れた人に「少し将来や進路」について話をしてもらった方が良い時期かも知れません。

ですが、グラフを見る限り、中学3年生になると、また、学習意欲に燃え、勉強するわけですから、中1、中2で「反抗的になった」と嘆くのではなく、もう少し長い目で見ていく必要があると思います。

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子どもの学習と親の関わり方【1】

Benesse教育研究開発センターが、「第4回子育て生活基本調査」の結果から、「子どもの学習面と親の関わり方」をまとめています。興味深い内容ですので、少し考察したいと思います。(グラフはクリックで拡大します)

 まず、《子どもの勉強時間と、母親が子どもの勉強を見る時間のグラフ》からです。
このグラフから、私が注目した点は、小学5年生から学習量がグッと増えて、中学2年生まで、その学習量は変わらないということです。
小5といえば、中学受験生が本格的に学習を始めるということもあると思いますが、本質的には、小学5年生からの学習はかなり本格的になり、それなりに時間をかけないといけないということであると思います。

確かに、国語にしても、算数にしても、内容がより抽象的になり、むずかしくなります社会も理科も本格的な学習になります。小5と小6の学習がやはり重要なポイントであるということでしょう。

さらに、小学5年生から、しっかりと学習をつんでいれば、中学1年と2年はその延長で一定乗り切れるということでしょう。1日75分前後の勉強時間というのは、そう悪くはないと思います。ただ、小学校時代と比べ、教科も内容も増えることも考えると、もう少し学習時間があっても良いかなとも思いますが、大切なことは時間ではなく、内容・質ですから、きちんと計画的に毎日75分ほど学習していれば、かならず力になるはずです。

また、3つめに、中学3年生になると、学習時間がグンと増加しています。だいたい、毎日2時間くらいは勉強すると考えても良いのではないでしょうか。以前、教室責任者として勤めていた教室では、中学3年生は本当によく勉強していました。秋以降ですと、夕方から塾が閉まる22時まで、食事の時間はいったん帰るものの、4~5時間は勉強していたのではないでしょうか。

次に、母親が子どもの勉強を見る時間についてです。
小学1年~4年までは、ほぼ1日30分くらいは母親がついて子どもの勉強をみていることが分かります。当然のことながら、学年が進むにつれ、子どもの学習時間は増えますから、小学1年生では「子どもの学習時間」と「母親が見る時間」がほぼ同じなのに対して、小学4年生くらいになると、親が見る時間とほぼ同じ時間を子どもが1人で勉強しています。

さらに学年が上がるにつれて、母親が子どもの勉強を見る時間は減少していっています。

《学習面での母親の関わりのグラフ》を見てみましょう。

面白いことに、小学1年~6年と学年が上がるにつれ、「勉強しなさい」という声かけが減っていきますが、中学生になるとまた増えています。やはり、このあたりに母親の子どもに対する心配が現れています(右のグラフの青い線)。

しかし、逆に言うと、少し大人びてきた子どもたちの「親に対する反発」も見られるのではないでしょうか。
さらに、学校の宿題と夏休みの宿題を手伝うかどうかのグラフ(赤い線)がありますが、学年が上がるにつれ手伝う割合が減っているものの、中学3年生の夏休みの宿題を手伝う母親が2割以上おられるのが気にかかります。受験を控えた夏休みで、宿題の量はとても多いことは想像できるのですが、ここは親御さんとしてはグッとこらえて、子ども自身にやらせてみることが必要ではないかと思ったりします。というのも、宿題での苦労はやはりした方が良いと思うからです。無理に苦労する必要はないとは思いますが、それでも子どものうちに一生懸命頭を悩ましたり、同じ問題を何十分も考えたり、いろいろな方法でしらべたりする経験も、大人になっていく上で貴重な経験と考えます。

《つづく》


迷うことなく努力を積み重ねる

Portugal Beja Sunshine
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「自分はなぜ、こんなにできないんだろうか」「もっと能力が高ければ良かったのに」なんて思うことは、きっと誰しもあると思います。

私は、野球にはほとんど興味がありませんが、それでも米大リーグで活躍するイチロー選手の記録の偉大さを知っています。それほど、すばらしい活躍と記録を打ち立てているイチロー選手はけっして能力の「高さ」だけで、乗り切ってきたわけではありません。小学生から、他の人には負けないくらいの練習量をつんで、今のイチロー選手があるのです。

現、パナソニックの創業者の松下幸之助さんが、次のような言葉を残しておられます。

能力は六十点でもいい。しかし誰にも負けない熱意がなければいけない。そして、努力することである。昨今の一部の風潮にまどわされてはいけない。こつこつ努力を積み重ねていくことが基本であり、大事なことである。汗を流す。迷うことなく、それを先行させることである。松下幸之助

問題は、「能力」ではないのです。「努力」なんですね。むしろ、努力こそが「能力」を作っていくといってもいいと思います。

そして、努力を積み重ねるためには、「迷うことなく、先行させること」であるといいます。

私たちは、がんばって何かを目指しているときでも、つい「これでいいのだろうか」と迷ってしまったりします。しかし、目標があるなら、夢があるなら、けっして「迷うことなく、先行させること」が大切でしょう。ここがぶれていては、集中して努力できなくなってしまいます。

夢を持ち、目標を立て、迷うことなく先行して努力する

これがまさに夢を果たしていく基本的な姿勢なのでしょう。


【とある校長先生の言葉】違いを認めながら損得のないように扱う

fun at sandy beach
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男の子と女の子とは明らかな違いがあるな。その違いを認めながら損得がないように扱うことが平等という事ではないかな。違いがない、違いを言ってはいけないというのは無理なことだ。それでも違いを見つけてはいけないというのなら、個別化なんて成り立たない

よく平等に扱うべきだということをいいます。しかし、何をもって「平等」というのでしょうか。私は、この先生が言われるように、子どもたちの違いを認めた上で、彼ら(彼女たち)に損得のないように扱うことこそが平等であると、私も思います。

公教育も同じだと思いますが、塾に通う生徒の中にも様々な子がおります。
かつて、私が教えた子どもにこういう子がおりました。彼女は小学6年生から通ってくれていたのですが、父親がおらず、母親が1人で彼女と弟を育てているのです。彼女の母親は、2人の子どもを育てるのに、パートを朝・昼・晩と1日に3回掛け持っていました。当然、ほとんど家にもおりませんでした。
当然にも家に親がいる家庭では、子どもの身の回りの世話から宿題のチェック、あるいは学校で困っていることがないかとか、日々確認することになるでしょう。しかし、彼女の場合は、家にはほとんど弟と2人きりですから、その時点で、家に親御さんがいる家庭と比べるとスタート地点で不利なわけです。この不利なところを少しでも、学校や塾が少しでもフォローすることができれば、彼女は他の子どもたちとともに学習に励むことができるでしょう。この役割を教育は果たさないといけないのではないかと思っております。

かつて教室長として働いていたときには、個別に通う生徒も含め、常時100人くらいの子どもたちの服装や態度、姿勢などを確認しておりました。服装といっても華美な格好をしているかとどうかというより、ご家庭での教育がどれだけ行き届いているのか、極端に言うと「家庭内虐待」を受けている子どもは服装で分かるといいますが、そういう確認です。

もちろん、私塾は学校ではありません。公教育ではありませんから、ご家庭の状況などに踏み込むことができませんが、それでもお月謝をいただいている以上、子どもの様々な状況を観察し、塾でできることはなるだけフォローしてあげられたら、それに越したことはありません。

先に書いた彼女のときには、崩れやすい中学2年の時がもっとも不安でしたが、なるだけ塾で勉強できる環境を整えてやり、寂しい我が家でよからぬことを考える時間を減らすことに注意を払いました。この子は、この春、無事高校に合格し元気に通ってくれております。
100人子どもがいれば、100人の性格があります。様々なご家庭がありますが、同じ家庭で育っていても、兄弟姉妹で性格が異なるということもあります。

男女の性差はもとより、さまざまな違いを認めてあげて、それぞれが損得のないよう、できるかぎり同じスタートを切れるために子どもたち1人ひとりを見てあげたいと思っております。


地に足ついてがんばっていれば、いつかいいことがある!

Leigh Farmland
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昨年、とてもうれしい出会いがありました。

授業が終わり、片付け掃除をしたあと、終電の地下鉄に乗り席に着くと、向かいに座っていた金髪の若い女の子が、私の方にほほえみながら向かってきたのです。

私にほほえむ女の子なんて、教え子しかないと思ってよく顔を見ると、思い出しました。Aさんなんです! 私は、自慢にはなりませんが、記憶力はとても悪い方です。しかし、不思議ですね。教え子のことはほんとうによく覚えています。

このブログにも何人かの教え子の話を書いていますが、優等生ばかりですよね。それは、優等生が好きだからではありません。勉強がそこそこできる子は高校、大学と進むにつれ、希望も現実化し、「あっ、先生に会いに行こう」なんて思ってくれることも多いのですが、あまり勉強ができない子はやはり自信もないので、なかなか会いに来てくれないのです。だから、卒業後、会うこともあまりありません。

Aさんは、中学生の頃はまったくといっていいほど勉強ができませんでした。一生懸命教えました。こんなに教えてるのになんでやとイライラしたこともありました。だから、できの悪い子ほどよく覚えているのです。そして、大好きなんですね。

頭を金髪にしたAさんと会うのは、まさに中学卒業以来です。高校は、大阪の下の方の公立に進学。彼女が言うには、がんばって卒業して、就職したものの、体をこわしてしまい、1年間病院生活。会社には、その間も籍があり、社長からは復帰を願われていたのだけれど、これ以上迷惑をかけたらいけないということで、退社。現在、「人に言えないバイト」とをしているといってました。

彼女は、中学生の頃の話をついこの間の話のように話してくれました。

なにしろ、彼女は良い子なんだけれど、勉強が本当にできませんでした。学校の先生が、進路指導で

『「○○高校なんて、合格できない。万一、入れても、ついていけない」と厳しくいわれた。悔しかった。だから、高校では卒業はしようとがんばった』

いってくれました。僕は、塾の進路指導で、

「君は、がんばればやれる子だと思う。でも、人に流されるタイプだから、無理してでも少しでも良い高校に入って中でがんばるべきだ」

とはげましていた高校でした。彼女は、そのことを話してくれました。よく覚えてくれていたのです。教師冥利に尽きるというのは、まさにこのことだと思います。当時の彼女の担任のいうとおりの高校に行っていれば、努力もせず、楽な方に流されていったと思います。努力したからこそ、卒業ができ、この就職難といわれる時代に、就職までできたのですから。

彼女は、病気して退社したことを本当に悔しがっていました。しかし、今は夢があるので、その夢に向かってバイトしているといってました。とてもうれしかったです。ぜひぜひ、夢をかなえてほしいなと思っています。


LDの子どもの家庭教師(3)

私はかなり焦っていました。というのは、親御さんの意向としては、将来的に彼が生活できるように、資格が取れる大学に入れたいというのです。具体的には、医薬関係の大学です。しかし、医薬関係の大学に入るという以前に、英文が読めなければ、どうしようもありません。しかも、来年は3年生、受験生になるのですから、2年のうちになんとか形になるようにしないといけないのです。
この高2の夏に、ひとつの実験をしようと決意しました。時間がたっぷり使えるのは、夏休みしかありません。しかも、高2の夏というのは、最後のチャンスです。何かというと、これまでは、高校で使用している教科書も当然取り入れて、授業していたのですが、それを辞めて、私が彼のために用意した教材だけを使おうと思ったのです。しかも、英語レベル的には、高校レベルをはるかに下回るものです。これは、ひとつの挑戦でした。
それは、彼に英文をただひたすら前から読ませるという方法でした。たとえば、
I know why he doesn’t want to come here.
という英文があったとします。英語の文型のイメージわかないと、「私は、彼がここに来たくない理由を知っている」という訳にはなかなかなりません。主語になり得る単語(“I”や“he”)が2つあり、述語動詞になり得る単語(“know”や“want”)も2つもあるのです。よくやる返り読みでは、日本語訳になりません。そこで、横に並んでいる単語を1つづつ縦に並べました。そして、1語づつ訳させたのです。
I
know
why
he

という感じです。最初の“I”は、主語であるので、“私は”、次の“know”は“知っている”、だから、つなげると、“私は知っている”。という感じで、一切後ろから返ることなく、ただひたすら前から訳していき、最終的に日本語として訳していく練習を1ヶ月にわたってしました。
はじめは、やはりつい後ろから返ってきて、主語と述語の関係が壊れるのですが、なれてくると、かなり読めてくるんですね。夏休みが終わる頃には、単語さえ分かれば、かなり英文が読めるようになっていました。そして、彼に、その時点で彼の家庭教師をやって2年経っていましたが、
「どう? 英語が分かるようになった?」

と聞くと、彼は恥ずかしそうに

「分かるようになった」

と答えてくれたのです。とてもうれしかったです。
メインは、英語と数学だけを教えていましたが、定期テスト前には、ほぼ5教科教えていました。いちいちこんな感じでしたから、私の授業準備は、膨大なものになっていましたが、先にも書いたように、たいへんいい経験になりました。
最後に、彼は、地方の薬学部に合格しました。その後も、夏休みなどで奈良に帰ってきたときには、教養の数学などを教えたり、大学での授業の聞き方、生活の仕方などをアドバイスしたりしました。そして、地方で一人暮らしをするようになり、休みの日に帰ってきたときに、中学や高校生の時の自分を振り返り、
「今、大学の勉強を自分1人でやっていることを考えると、高校生の時はもっと勉強できたと思う」
と言ったことには大きな感動を覚えました。
幼少の頃、医者からは、大きくなってもまともに会話することもできないと言われていたという彼が、大学の勉強を同級生よりも数倍の時間をかけこなし、その自分を見て、高校生の時の自分を振り返るなんて、どれだけの精神的な成長を遂げたことか。私は、涙が出るほど、うれしかった記憶があります。ひょっとすると、泣いていたかもしれません。

よく、やればできると言います。
しかし、本当にやればできるのです。
ただ、彼が恵まれていたのは、どうしても息子に自立してほしいと願い、苦労して苦労して学習環境を与えてきた母親の存在であると思います。
あきらめずに、そばで励ましてくれる家族がいれば、願いは叶うのです。

 


LDの子どもの家庭教師(2)

そんな彼でしたが、奈良の私立高校に専願で受験し、合格することができました。本当によく努力してくれたと思います。
私は、高校進学までの約束だったのですが、親御さんにも彼にも気に入ってもらえたようで、大学受験まで面倒を見てほしいと頼まれました。これは、私にとって、かなりのプレッシャーであり、半分断りたかったのですが、しかし彼の精神的な成長という意味では、中学3年生の彼よりも高校生の彼の方がぐっと成長してくれるのではないか、そんな彼を見てみたいという気持ちも半分ありました。ずいぶん悩んだ上で、引き受けることにしました。

高校3年間の学習は、本当に大変でした。もちろん、今から考えると、私の塾講師人生の中で、多くのことを彼から学びました。しかし、当時はそんなきれいごとではすまなかったのです。
一番の障害は、彼に合う教材がないと言うことです。とくに英語教材に苦労しました。
一応、高校に合格したといえども、彼の学力は、恐ろしく低いものでした。漢字は読めない、かけない、英単語は読めない、かけない、そんな彼がいきない高校の英語の教科書など、読めるはずはないのです。高校2年生になっても、右と左が分からないから、靴を左右間違えて履く、そんな感じでした。しかし、そういう彼でも、英文を読んでいかないと、試験ができない、単位が取れない、卒業できない。いや、3年後に大学進学を果たさないといけないのです。
しかし、彼の学力レベルに英語教材は、幼児用のしか存在しないのです。私は、彼のプライドを壊さずに、そして彼の精神的な成長を促しながら、学力をつけさせるには、レベル的には幼児用だけれど、大人が使える教材が必要だったのです。探しました。いろいろな本屋に行き、足が棒のようになるくらい、探し歩きましたが、見つかりませんでした。
なければ、これは作らないといけないんですね。私が、「これなら彼に気に入ってもらえる」というものを作らないといけないんです。結果的に言うと、ネットでTIME for KIDSというアメリカの子ども向けのサイトがとても良かったのです。TIMEという雑誌は、みなさんもご存じだと思います。アメリカのニュース誌です。彼の教材作りでいろいろと調べる中で、そのTIMEの子ども版があることをはじめて知ったのです。
TIME for KIDSがとても良いなと思ったのは、アメリカの小学生向けの雑誌であるにもかかわらず、内容がとても良いのです。当時、国際宇宙ステーション計画が始まったばかりだったので、そういう記事が平易な英語で書かれていたり、アメリカ大統領選についての記事があったりと、英語が簡単で、しかし、内容は高校生が読んでもとてもおもしろく、そして彼の精神的な成長を促進できる内容なんです。
さて、いい英語教材は見つかったのですが、次は、これをどのように読ませるかでかなり苦労しました。とりあえず、英語の単語はかろうじて調べられるようになっても、単語が7つ8つをつながったら日本語訳にならないのです。しかし、これは、私も共感できました。関係代名詞なんかでつながった一文は、どこが主語で述語がさっぱり分からない経験が私にもあったからです。そして、これを克服するには、彼が高校2年の夏までかかりました。

《その3へ》

 


LDの子どもの家庭教師(1)

関西大学の研究室にいた頃、大学からもらう給料だけでは生きていけないので、塾の講師をしていました。そのときに、大学関係の紹介で、LDの子どもで高校受験を控えている子がいるのだけれど、家庭教師をしてやってくれないかと紹介されました。
当時、私は、LDという言葉も知りませんでした。日本語では、学習障害というと言われ、知的障害ではないといわれても、まったくピンときませんでした。何の知識もなく、自信もないのに引き受けるわけには、いかないので、大阪の大きな書店に足を運び、いろいろと調べました。
最終的に、家庭教師を引き受けたのですが、そのとき、私が思ったのは、
子どもの精神的な成長を信じ、それに依拠すればかならずやれる
という、何の根拠もない“確信”でした。

彼とはじめてあったのは、彼が中3の時でした。もう間近に高校受験が迫っている瀬戸際でした。
彼は、まず漢字がほとんど書けない状態でした。自分の家の住所ですら、かなり怪しい状態でした。日本語ですらそうですから、英単語などはまったく覚えることはできません。計算はかろうじてできるものの、証明問題になるとからっきしでした。社会にしろ、理科にしろ、言葉が覚えられないし、理由や理屈もかなり厳しいものがありました。
しかし、私も一度預かると言った以上、責任があるため、一生懸命、精一杯教えました。ただし、教えると言っても、はじめに書いたように、私の確認は、彼の精神的な成長に依拠すればいけると言うところにありましたから、がむしゃらに教えるというのではなく、彼にいろいろな話をし、精神的な成長を促しながら、学習を進めるというものでした。
この作業は、たいへんな予習時間を費やすものでした。英語を教えるにも、数学を教えるにも、その単元単元に、彼に伝えたい話を考え、どういうふうに話を組み立てれば、彼に分かってもらえるのか、結局これから彼とのつきあいは大学受験までの4年ほどになるのですが、この間、このことばかりを考えておりました。

《その2へ》