発達障害の子の学習で大切なこと


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年に200名以上の生徒を指導していると、毎年数人の割合で発達障害の子どもを指導することがあります。昨年まで、私がとある塾の教室責任者をしていたときは、入塾テストをやるものの、実質的には子どものやる気などをみて合格点に達していなくても、面倒を見させてもらっておりましたので、比較的多くの発達障害の子を見てきました。

さて、発達障害があるとされた子の親御さんは、いろいろとご苦労が絶えないと思います。きっと、子どもの現在の様子や将来のことなどで不安に思っている方も多いと思います。

私は、発達障害の専門家ではありませんし、その教育を専門にしているわけではありません。しかし、現場で指導していく中で発達障害の子どもの指導について、それなりの経験を蓄積していると思っております。

発達障害を持つ子への私の指導スタンスは、子どもの精神的成長を促し、その成長で障害の面を超えさせ、学力をつけていくことにあります。そして、それはできると思っています。以前の記事に書いたように、幼稚園に入る前に、医者から「大人になっても話すことすら困難」と診断された重度のLDの子が薬学部に合格し、薬剤師になったという経験からもかならず社会で通用する学力を身につけることは可能であると確信します。

したがって、発達障害であると診断された保護者の方に強く言いたいのは、

わが子を信じつづけてほしい

ということにあります。あきらめなければ、かならず精神的成長が障害を越えていく時がやってきます。子どもが幼ければ、幼いほど子どもにとって親の存在の占める割合が大きいですが、親があきらめてしまえば、その子を誰が信じつづけられるでしょうか。けっしてあきらめずに信じ続けてあげてほしいと思います。

とはいっても、実際には大変な場面は子どもの成長とともに訪れるでしょう。他人とのコミュニケーションがとれない、頑固でとても融通が利かない、どうしても漢字が覚えられない、英語が全く理解できない、図形の感覚がまったくないなど、いろいろとあると思います。いつか乗り越えられると言っても、保護者において、そんなに待ってられない、ついイライラしてしまうということが起こりえます。

お互いの関係が煮詰まってくると、親も子どもも苦しくなり、不幸になります。そんなときには、第3者にゆだねたらどうでしょうか。何かというと、塾や家庭教師の利用です。自分の子どもを理解して、ゆっくり確実に成長を促する教師を探すのです。どこの町にもそんな教師はいると思います。学校の教師は選べませんが、塾の教師や家庭教師は選べます。是非探してください。

ただし、その際、注意してもらいたいのは、第一に、自分の子どもが成長することを必ず信じてくれる教師であること、第二に子どもの精神的成長を積極的に促してくれる教師でないといけないということです。

成長を信じないと、障害を前提化してしまいます。つまり、「この子はこんなもんだろう」となってしまうと、伸びるものも伸びません。子どもの成長度合いに応じて、指導を強化していけば、ゆっくりした歩みでもかならず前進します。

第二に、発達障害の子どもは頑固な子どもが多いですから、ゆっくり確実に成長を促す必要があります。そのゆっくりさを認めることはとても大切です。しかし、そうはいっても、高校入試が迫っている場合、そうゆっくり待ってることもできません。だから、こちらから、子どもの精神的成長を積極的に促す必要があります。教科指導は子どものレベルにあわせますが、それ以外は子どもの年齢に応じた指導をします。教科指導は妥協できても、それ以外は妥協できません。たとえば、小6の子に小4内容からの漢字や計算をさせることは必要ですが、話し方や話す内容、質問の仕方、礼儀作法などは、年齢に応じたものでなければなりません。そうしないと精神的成長は期待できませんし、精神的成長が期待できなければ、いつまでもたっても発達障害に負けてしまうことになります。

最後に、繰り返しになりますが、最も大切なことは親が、とりわけ母親が子どもを信じることです。根拠などいりません。子どもの将来のために、わが子を信じ続けることだと思います。

もし、この記事に関心を持たれ、ご質問などがおありの方は、こちらからメールをいただければ、お答えできる範囲でお答えします。おひとりで悩まれないのが親にとっても、そして子どもにとってももっともいいことですから。

 


LDの子どもの家庭教師(3)

私はかなり焦っていました。というのは、親御さんの意向としては、将来的に彼が生活できるように、資格が取れる大学に入れたいというのです。具体的には、医薬関係の大学です。しかし、医薬関係の大学に入るという以前に、英文が読めなければ、どうしようもありません。しかも、来年は3年生、受験生になるのですから、2年のうちになんとか形になるようにしないといけないのです。
この高2の夏に、ひとつの実験をしようと決意しました。時間がたっぷり使えるのは、夏休みしかありません。しかも、高2の夏というのは、最後のチャンスです。何かというと、これまでは、高校で使用している教科書も当然取り入れて、授業していたのですが、それを辞めて、私が彼のために用意した教材だけを使おうと思ったのです。しかも、英語レベル的には、高校レベルをはるかに下回るものです。これは、ひとつの挑戦でした。
それは、彼に英文をただひたすら前から読ませるという方法でした。たとえば、
I know why he doesn’t want to come here.
という英文があったとします。英語の文型のイメージわかないと、「私は、彼がここに来たくない理由を知っている」という訳にはなかなかなりません。主語になり得る単語(“I”や“he”)が2つあり、述語動詞になり得る単語(“know”や“want”)も2つもあるのです。よくやる返り読みでは、日本語訳になりません。そこで、横に並んでいる単語を1つづつ縦に並べました。そして、1語づつ訳させたのです。
I
know
why
he

という感じです。最初の“I”は、主語であるので、“私は”、次の“know”は“知っている”、だから、つなげると、“私は知っている”。という感じで、一切後ろから返ることなく、ただひたすら前から訳していき、最終的に日本語として訳していく練習を1ヶ月にわたってしました。
はじめは、やはりつい後ろから返ってきて、主語と述語の関係が壊れるのですが、なれてくると、かなり読めてくるんですね。夏休みが終わる頃には、単語さえ分かれば、かなり英文が読めるようになっていました。そして、彼に、その時点で彼の家庭教師をやって2年経っていましたが、
「どう? 英語が分かるようになった?」

と聞くと、彼は恥ずかしそうに

「分かるようになった」

と答えてくれたのです。とてもうれしかったです。
メインは、英語と数学だけを教えていましたが、定期テスト前には、ほぼ5教科教えていました。いちいちこんな感じでしたから、私の授業準備は、膨大なものになっていましたが、先にも書いたように、たいへんいい経験になりました。
最後に、彼は、地方の薬学部に合格しました。その後も、夏休みなどで奈良に帰ってきたときには、教養の数学などを教えたり、大学での授業の聞き方、生活の仕方などをアドバイスしたりしました。そして、地方で一人暮らしをするようになり、休みの日に帰ってきたときに、中学や高校生の時の自分を振り返り、
「今、大学の勉強を自分1人でやっていることを考えると、高校生の時はもっと勉強できたと思う」
と言ったことには大きな感動を覚えました。
幼少の頃、医者からは、大きくなってもまともに会話することもできないと言われていたという彼が、大学の勉強を同級生よりも数倍の時間をかけこなし、その自分を見て、高校生の時の自分を振り返るなんて、どれだけの精神的な成長を遂げたことか。私は、涙が出るほど、うれしかった記憶があります。ひょっとすると、泣いていたかもしれません。

よく、やればできると言います。
しかし、本当にやればできるのです。
ただ、彼が恵まれていたのは、どうしても息子に自立してほしいと願い、苦労して苦労して学習環境を与えてきた母親の存在であると思います。
あきらめずに、そばで励ましてくれる家族がいれば、願いは叶うのです。

 


LDの子どもの家庭教師(2)

そんな彼でしたが、奈良の私立高校に専願で受験し、合格することができました。本当によく努力してくれたと思います。
私は、高校進学までの約束だったのですが、親御さんにも彼にも気に入ってもらえたようで、大学受験まで面倒を見てほしいと頼まれました。これは、私にとって、かなりのプレッシャーであり、半分断りたかったのですが、しかし彼の精神的な成長という意味では、中学3年生の彼よりも高校生の彼の方がぐっと成長してくれるのではないか、そんな彼を見てみたいという気持ちも半分ありました。ずいぶん悩んだ上で、引き受けることにしました。

高校3年間の学習は、本当に大変でした。もちろん、今から考えると、私の塾講師人生の中で、多くのことを彼から学びました。しかし、当時はそんなきれいごとではすまなかったのです。
一番の障害は、彼に合う教材がないと言うことです。とくに英語教材に苦労しました。
一応、高校に合格したといえども、彼の学力は、恐ろしく低いものでした。漢字は読めない、かけない、英単語は読めない、かけない、そんな彼がいきない高校の英語の教科書など、読めるはずはないのです。高校2年生になっても、右と左が分からないから、靴を左右間違えて履く、そんな感じでした。しかし、そういう彼でも、英文を読んでいかないと、試験ができない、単位が取れない、卒業できない。いや、3年後に大学進学を果たさないといけないのです。
しかし、彼の学力レベルに英語教材は、幼児用のしか存在しないのです。私は、彼のプライドを壊さずに、そして彼の精神的な成長を促しながら、学力をつけさせるには、レベル的には幼児用だけれど、大人が使える教材が必要だったのです。探しました。いろいろな本屋に行き、足が棒のようになるくらい、探し歩きましたが、見つかりませんでした。
なければ、これは作らないといけないんですね。私が、「これなら彼に気に入ってもらえる」というものを作らないといけないんです。結果的に言うと、ネットでTIME for KIDSというアメリカの子ども向けのサイトがとても良かったのです。TIMEという雑誌は、みなさんもご存じだと思います。アメリカのニュース誌です。彼の教材作りでいろいろと調べる中で、そのTIMEの子ども版があることをはじめて知ったのです。
TIME for KIDSがとても良いなと思ったのは、アメリカの小学生向けの雑誌であるにもかかわらず、内容がとても良いのです。当時、国際宇宙ステーション計画が始まったばかりだったので、そういう記事が平易な英語で書かれていたり、アメリカ大統領選についての記事があったりと、英語が簡単で、しかし、内容は高校生が読んでもとてもおもしろく、そして彼の精神的な成長を促進できる内容なんです。
さて、いい英語教材は見つかったのですが、次は、これをどのように読ませるかでかなり苦労しました。とりあえず、英語の単語はかろうじて調べられるようになっても、単語が7つ8つをつながったら日本語訳にならないのです。しかし、これは、私も共感できました。関係代名詞なんかでつながった一文は、どこが主語で述語がさっぱり分からない経験が私にもあったからです。そして、これを克服するには、彼が高校2年の夏までかかりました。

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LDの子どもの家庭教師(1)

関西大学の研究室にいた頃、大学からもらう給料だけでは生きていけないので、塾の講師をしていました。そのときに、大学関係の紹介で、LDの子どもで高校受験を控えている子がいるのだけれど、家庭教師をしてやってくれないかと紹介されました。
当時、私は、LDという言葉も知りませんでした。日本語では、学習障害というと言われ、知的障害ではないといわれても、まったくピンときませんでした。何の知識もなく、自信もないのに引き受けるわけには、いかないので、大阪の大きな書店に足を運び、いろいろと調べました。
最終的に、家庭教師を引き受けたのですが、そのとき、私が思ったのは、
子どもの精神的な成長を信じ、それに依拠すればかならずやれる
という、何の根拠もない“確信”でした。

彼とはじめてあったのは、彼が中3の時でした。もう間近に高校受験が迫っている瀬戸際でした。
彼は、まず漢字がほとんど書けない状態でした。自分の家の住所ですら、かなり怪しい状態でした。日本語ですらそうですから、英単語などはまったく覚えることはできません。計算はかろうじてできるものの、証明問題になるとからっきしでした。社会にしろ、理科にしろ、言葉が覚えられないし、理由や理屈もかなり厳しいものがありました。
しかし、私も一度預かると言った以上、責任があるため、一生懸命、精一杯教えました。ただし、教えると言っても、はじめに書いたように、私の確認は、彼の精神的な成長に依拠すればいけると言うところにありましたから、がむしゃらに教えるというのではなく、彼にいろいろな話をし、精神的な成長を促しながら、学習を進めるというものでした。
この作業は、たいへんな予習時間を費やすものでした。英語を教えるにも、数学を教えるにも、その単元単元に、彼に伝えたい話を考え、どういうふうに話を組み立てれば、彼に分かってもらえるのか、結局これから彼とのつきあいは大学受験までの4年ほどになるのですが、この間、このことばかりを考えておりました。

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